死が二人を分かつ時まで
馬鹿にするなと言いたい。けれど、アメリカにこんな態度を取らせるそもそもの原因を作ったのは、他ならぬイギリス自身だ。一体何が言えるだろう。一体何を、責められるだろう。
それに何より、今アメリカが愛しているのはジェニーなのだ。五十年前なら兎も角、今となってはイギリスからの好意など、迷惑以外の何物でもない。
「……俺は、ジェニーに嫉妬してる。フランスからお前が結婚するって聞かされた時も、お前が腕時計を選んでる時も、嫉妬で気が狂いそうだった。――今だってそうだ! 俺が端正込めて育てた薔薇を、お前はジェニーに渡すんだろう。それで愛を確かめ合うんだろう。冗談じゃない……っ」
バチンッ。イギリスが花鋏を使うと、真っ赤な薔薇が一輪だけ切り取られた。棘付きのそれを躊躇わずに掴み取り、イギリスはズイとアメリカに突き出す。
「俺がこの薔薇を受け取って欲しいのは、お前だけなんだ」
棘で傷付いた掌から、血が滲んで手首を伝ったが、イギリスは構わなかった。それよりも大切なことがある。
「……って、それまだ棘がびっしり付いてるじゃないか。愛が全然感じられないぞ」
「馬鹿かお前、棘無しの薔薇なんて渡すかよ。大体お前一度拒否したじゃねぇか」
昔なら、友人で我慢しようという気持ちもあったし、家族の繋がりに縋ってもいられた。けれど今欲しいのは、赤い血の繋がりでなく赤い糸なのだから。
「本当に、君って人は……」
睨み合いの末に根を上げたのはアメリカの方で、諦めの溜め息を吐きながら薔薇をイギリスの手から取り上げる。そして何故か、花鋏も。
そうしてアメリカは、妙に慣れた手付きで薔薇の棘を、枝を、葉を切り取り始めた。
「あげるよ、君に」
差し出された薔薇は、花屋で買った時のように美しく整えられていて、万が一にも手を傷付けることはないだろう。しかしその薔薇に、イギリスは絶望を感じた。
「要ら、ない……そんなもの欲しくないっ」
悔しさで、涙が溢れた。こんなのはあんまりだ。いくら応えられないからといったって、もう少しやり方というものがあるだろう。自分が言えた義理ではないけれど。
「……どうしてだい? 君、俺のことが好きなんだろう?」
「ああ好きだよ!! けどなあ、傍に要られたらそれだけで良いなんて、そんな殊勝で健気な気持ちじゃないんだっ」
今更、友達なんて関係は要らない。なりたいのは、この世でたった一人にだけ許される立場なのだから。
「俺は、お前とキスをしたいしセックスだってしたい。赦されるんなら、結婚だってしたいさ。そうすれば、お前は俺だけを愛してくれる、他の誰かに盗られたりなんかしないだろ……?」
「イギリス……」
「何だよ、笑いたいなら笑えよ。幻滅したんならそう言えば良いだろ。一度は拒絶した奴が結婚するって聞いた途端惜しくなって、しかもその相手は自分が育てた弟みたいな奴で。……なあアメリカ、お前は酷いよ。なんでこんなことすんだよ。どうして薔薇の棘でも葉でも枝でもなく、よりによって薔薇そのものを俺に渡すんだよ。これを俺に渡してどうしたいんだ? 一体俺にどうして欲しいんだよ? 今まで通りになんて俺は過ごせない。俺は、お前とは違うんだ。何も無かったみたいに、平気な顔で過ごすことなんて出来ねぇよ……!」
人はいつか必ず死ぬ。そんなことは分かり切っている。けれど、少なくともこの先数十年、アメリカはジェニーを愛するのだ。
消すことも捨てることも隠すことも出来ない想いを抱えて、けれど逃げ出すことも出来なくて。そんな生き地獄のような中で、これから過ごせと言うのか。
そんなこと、とてもではないがイギリスには耐えられない。そんな思いをこの先味わう羽目になるのなら、今この場ではっきりと拒絶された方が何倍もマシだった。
「…………イギリス。君、何か勘違いしてないかい?」
「何がだよっ」
「だって俺、てっきり君は喜んで受け取って貰えるんだとばかり思ってたから」
「だから要らないって言ってるだろ! 俺がなりたいのは――」
「そう、それだ」
無理矢理イギリスの言葉を遮った後、やけに真剣な顔でアメリカは続けた。
「俺の結婚についてもそうだけど……もしかして君、知らないのかい?」
「何、が……」
「コレの花言葉」
コレ、と言ってアメリカが指差したのは、先程イギリスに贈ろうとしていた薔薇で。
「馬鹿かお前、この俺が知らないわけないだろ! ウチの国花だぞ!! 良いか、棘の無い薔薇の花言葉はな――」
「……やっぱりね」
聞き終えたアメリカは、安堵半分呆れ半分の態度でそう言って、軽く溜息を吐いた。
「君のその、いつでも自分が世界の中心……って考え方はいい加減改めた方が良いよ。恥をかくから」
反論の言葉は、再び眼前に突き出された薔薇の所為で言葉にすることは叶わなかった。恨めし気にイギリスがアメリカを睨み付けても、アメリカは何処吹く風といった風情で一向に気にした様子もない。
「知らないのなら教えてあげるよ。身に覚えの無い言い掛かりを付けられるんじゃ、俺も敵わないからね。――良いかい、これは薔薇だ。赤で、棘が無くて、蕾。そしてね、イギリス。君の隣国である愛の国フランスでは、そんな薔薇にこんな花言葉を付けている」
そうして耳元で囁かれた言葉に、イギリスは文字通り言葉を失った。信じられないという面持ちで、アメリカとアメリカの持っている薔薇を交互に見つめる。
「う、そだ……だってお前、ジェニーと――そうだ、性質の悪い冗談は止めろっ」
「君ね、またそのパターンかい。あのさ――あーもういいや、面倒臭い。じゃあさ、結婚式に君を招待するよ。 で、真実をその目でちゃんと確かめると良いさ。君が、自分以外は信じられないって言うんなら」
アメリカは嘘を吐かないし、性質の悪い冗談も言わない。そんなことは、イギリスだってちゃんと分かっているのだ。ただ、どうしても、アメリカを信じることが出来ないだけで。この感覚は、遠い昔に実は地球は丸でした、と言われた時の衝撃と良く似ていた。つまり、世界がひっくり返ったような感覚だった。
「結婚式は七月だからね、誤解が解けたら今度は満開の薔薇を君に贈るよ。真っ赤な薔薇のをさ。……それで良いだろう?」
ジェニーとその幼馴染だという男の結婚式を率先して盛り上げた後、最後の締めにとジェニーがブーケ・トスをする瞬間、アメリカがイギリスに両腕サイズの赤薔薇の花束を渡すのは、それから一月半後のこととなる。
作品名:死が二人を分かつ時まで 作家名:yupo