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靴に恋した人魚

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もしかしたら自分はマゾヒストなのかも知れないと、そう思う時がイギリスにはある。海賊時代を知っている相手――例えばスペイン辺りが聞いたら卒倒しそうな発想だ。けれど、イギリスはそう思わずにはいられなかった。そうでなければ、こんな夜を過ごす筈がないのだから。
 初めて訪れたホテルの一室のベッドの上。其処に今イギリスは居た。生まれたまま姿で。何故か毛布を蹴り出し、シーツにくるまりながら。
 この部屋は本来ツインで取ったものだったが、イギリス以外の存在は居なかった。時刻は午前四時。つい十分程前に、アメリカが出て行ったのをイギリスは知っていた。情事後の体を丁寧に拭かれ、ごめんと小さく囁かれたのも。
 イギリスが毎回寝たフリをしているのを、アメリカは知らない。知らなくて良いと、イギリスは思っている。アメリカの謝罪の言葉を聞きたくなくて、でも一緒に居られる時間を睡眠なんかで無駄にしたくもなくて、その妥協案として狸寝入りをしているだなんて。
 その理由が、アメリカを愛しているからだなんて。
 そんなこと、知らなくて良いと思った。だって、この恋は絶対に叶うことはないのだから。

 アメリカとイギリスがこんな関係――世間で言うセックスフレンドという関係が一番しっくりくるかも知れない――になったのは、もう何年も昔のことだった。始まりは合意の上でのことで、誘ったのだってイギリスの方からだった。けれどそのことを、アメリカは知らない。知らないからこそ、こんな関係が今も続いているのだということも。
 イギリスはずっとアメリカのことがそういった意味で好きで、このことを知るのはイギリス本人だけだ。周りは皆、過度のブラコン位にしか思っていない。
 そしてアメリカは、日本のことが好きだった。そういった意味で。そのことを知っているのは、多分イギリスだけ。
 何故そのことに気付いたのかと言えば答えは簡単。イギリスがアメリカのことばかりを見ていたからだ。そうすれば、嫌でも気付く。アメリカの視線の先に居るのは一体誰か、アメリカが一体誰を思っているのか。
 アメリカの恋は、慎重で密やかなものだった。普段の言動からは信じられないくらいに、それは静かに隠されていた。何せ、日本が他国と親しげに話していてさえ、その瞳は嫉妬に染まったりはしないのだ。
 周りに、そして何より日本自身に気付かれることのないように、アメリカは日本を愛した。
 悔しいと、そう思わなかったと言えば嘘になる。しかしそれ以上に、羨ましいと思った。そんな風に、誰かを一途に愛せるアメリカを。アメリカから愛される日本を。
 イギリスは、知らなかったから。そんな風に、誰かから思われたことなど一度もなかったから。恋なんて、生殖行為を飾り立てた言葉だとすら思っていたから。
 ――だから、あんなことが出来た。

作品名:靴に恋した人魚 作家名:yupo