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さよならは恋の終わりではなく

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 ダイニングに戻ると、丁度アーサーが二人分の料理を並べ終わった所だった。焦げているのは相変わらずだが、昔に比べれば随分と見られるものになっている。
「宅配でも来たのか?」
「届け物、という点では同じかな。君の忘れ物をわざわざ届けてくれたんだってさ」
「……誰だよ」
「フランシス」
 間髪入れずに答えを言うと、明らかにアーサーの体が硬直したのが分かる。皿を持ってなくて良かったと考える自分は、意外と冷静らしかった。いつか、こんな日が来ることを予期していたからだろうか。不思議な程、心が凪いでいる。
「あの、な……っ」
 アーサーは、アルフレッドに嘘は吐けない。一体どんなみっともない言い訳をするのかと思う反面、けれどそれがどれ程出来が悪いものであったとしても、結局それを自分は信じてしまうのだろうと、アルフレッドは思った。何故なら、信じたかったから。
 アーサーと別れたくなかった。失いたくも、なかった。けれどその主張が許されるのは、あくまでもアーサーの気持ちが自分に向いているという、その大前提があってこそだ。
 苦しんでいたことは知っていた。悩んでいたことも。アーサーのことを思うなら、もっと早くに決断を下すべきだったし、そもそも思いを告げることすらするべきではなかった。
 愛していた、大切だった。だから、だからこそ、もう……これが最後。
「お腹が空いたな。もう全部並べ終わったんだろう? 早く食べようよ。冷めると益々不味くなるから」
「……っあぁ」
 残念だった。どうしていつものように言い返してくれないのだろう。そんな顔を、して欲しいわけではないのに。
 だって、今夜が最後なのだから。
「じゃあ、乾杯」
 めでたさを少しも感じさせない、顔を青冷めたままろくに動かないアーサーが持つグラスに、殆ど一方的にグラスを合わせる。口当たりの良いワインは、きっとフランス産だったりするのだろう。
 アーサーが作った数々の料理も、見た目と同じ位レベルを上げていた。一体誰の影響だろうと思うと少しだけ面白くなかったが、食材には罪は無い。アルフレッドは出された全ての料理を完食し、おかわりを要求しさえした。
 美味しかったのも勿体無かったのも事実だが、折角二人でこうして向かい合っているのに、不自然な程会話が生まれなかったのも原因の一つだろう。ダイニングテーブルの真ん中には、フランシスが届けたアーサーの指輪が鎮座していた。
 アーサーが何か言いたがっているのを察しながらも、アルフレッドは頑なにそれを無視した。自分の祝いの席に、しかも食事中につまらない話を展開する程、無神経にはなれなかったのだ。
「どうして、何も言わないんだ」
 食後の紅茶を飲んで人心地着いた所で、とうとう耐えかねたようにアーサーが言った。その様は、判決を言い渡されるのを待つ被告人に似ていなくもない。
 アーサーが何を言ったのか、一瞬アルフレッドは本気で理解出来なかった。
「嗚呼……君、本当に気付かれていないと思ってたんだ」
 悲しみでも、怒りでもなく、沸き上がったのは仕方が無いという苦笑だった。どうしてこの人は、自分に関することにはこうも鈍いのだろう。
「ごめんね、アーサー」
 強引に体を引き寄せて抱き潰すような勢いで抱き締める。今だけは、何も言って欲しくなかったから。
「ごめん」
 家族ままで、弟のままでいられなくて。
 望むように、愛してあげることが出来なくて。
 君を好きになって、ごめん。

「…………さよなら」

 アーサーを一度も顧みることなく玄関を開けると、外は土砂降りの雨だった。そう言えば、夕方の天気予報で言っていたような気がする。しかし傘は持っていない。けれど借りて行くわけにもいかない。答えは一瞬で出た。
 躊躇い無く外に飛び出す。あっという間に髪も服も張り付いて、視界さえ滲んだ。気持ち悪いけど、寧ろ好都合だとも思う。万が一にも有り得ないが、もし何かがまかり間違ってアーサーが追い掛けて来たとしても、これではろくに表情など分からないだろうから。
 アーサーは、昔からアルフレッドの涙に弱かった。泣き喚けば、叶わないことなどなかった。
 だから、きっとあの告白の日もそうだったに違いない。自分の表情など分かる筈もないが、あの時のアルフレッドの表情は泣き出す寸前だったのだろう。
 そうでなければ、アーサーがアルフレッドの気持ちを受け入れるわけがなかったのだ。