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さよならは恋の終わりではなく

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 付き合い始めてから、一年が経とうとする頃。アルフレッドは初めてアーサーの部屋を訪れていた。
 アルフレッドの誕生日が間近に迫っていて、けれどお互いの予定が合わなくて、仕方無く二人だけで早目の祝杯を上げることにしたのだ。
 いくら普段自炊をしているとは言え、所詮は男の一人暮らしだったから、アルフレッドの部屋には電子レンジは在ってもオーブンは無い。こんなんじゃ、ちゃんとお前の誕生日を祝えないだろ。そう言って、アーサーはアルフレッドを初めて自分の家に招き入れたのだった。
 アーサーがキッチンに籠っている間、アルフレッドは見るともなしにテレビを眺めていた。初めて訪れたこの部屋はアルフレッドにとって、決して居心地の悪い空間ではなかったけれど、残念なことに興味をそそられる本も雑誌も無かったからだ。
 どうやら今夜は雨になるらしいと、チャンネルを変える手を止めてアルフレッドは思う。雨が降ること自体は、この国では全く驚くに値しないことだけれど、今夜のそれは普段とは些か規模が違うらしい。 傘を持っていないと困まるなとは思いながらも、いつものパターンならこのまま一晩をこの部屋で過ごすであろうことも、アルフレッドには容易に予想することが出来た。
 舞台が変わっただけの、代わり映えのしない休日。それを変えたのは、不意に鳴らされた一つのチャイムだった。
「よう、久し振り。元気だったかー?」
「フランシス……どうしたんだい?」
 緩く癖の付いた金髪に、自分とは異なる濃度を持った碧眼。フランス人を片親に持つ彼は、髭をあたっていなくても相変わらず綺麗だった。
 アーサーの幼なじみという地位にいて、長年の付き合いと元来の性格から、何くれとなくアーサーの力になって来たフランシスに、嫉妬を感じなかったとは言わない。けれど、今は。
「アーサーに何か用かい? 呼んで来ようか」
「あー……彼奴に用っちゃ用なんだが、忙しいようなら別に良い。コレ、渡しといてくれ。昨日俺の家に忘れてったんだよあの馬鹿」
 そうして差し出されたのは、シンプルな作りの指輪だった。多分、唯一お揃いの。そして、最初で最後アーサーがアルフレッドにねだった物。
 いつも一緒には居られないから、お互いの繋がりを示す物が欲しいと言った。そうして気持ちを確かめ合いたいと。そのくせ、アルフレッドは一度もアーサーが指輪を嵌めた所を見たことがなかった。
 どうして指輪をしないんだい。昔一度だけ、何気無さを装ってそう訊ねたことがあった。アーサーは、一瞬躊躇ってから言った。大切な物だから、傷付けたくないんだ。ちゃんと大切に閉まってある……と。
 アーサーは、いつでもアルフレッドに対してだけは誠実に生きて来た。だからアーサーが嘘を吐けば、そのことがアルフレッドには直ぐに分かった。その時も、そうだ。アーサーの言葉が嘘だと、アルフレッドは気付いていた。
 世間体もあるし、もしかしたら照れ隠しということだってあったのかも知れない。分かっていた。ちゃんと、分かっていたのだ。だから何も、言わなかった。
「わざわざ悪いね、本当にあの人は忘れ物キングなんだから」
「……それだけか?」
「何がだい?」
「他に何か言うことは無いのかって、そう訊いてるんだよ」
 今更、何かを敢えて言うことなどあっただろうか。もう随分と昔から、導き出す答えは分かっていたというのに?
「彼のこと、これからも宜しく頼むよ。本当にあの人、一人じゃ駄目だからさ」
 ずっと言おうと思っていた、言葉。それを言うのが今日になったのは、本当に偶然。
 昨日の夜、アルフレッドはアーサーの携帯に電話を掛けた。時間が時間だったから出なくても仕方無いと思っていた。仕事かも知れないし、もしかしたら寝ているのかも知れない。それでも無償に声が聴きたかった。多分、初めてアーサーのテリトリーに入ることを許さたのが、自分で思うよりも嬉しかったのだろう。
 結局アルフレッドは、アーサーの声を聴くことなく携帯を閉じることになった。留守番電話に繋がれたのでなく、発信音がブツリと切れたのだ。切られた、と言った方がこの場合はきっと相応しい。
 そしてその時アーサーは、フランシスの家に居たという、ただそれだけのこと。