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 今俺が暮らしているのは、父親の実家でありアルフレッドの実家でもある家だった。勿論、俺の生家でもある。
 古めかしい壁をした家に、完璧に整えられたブリティッシュ・ガーデン。父親が愛した薔薇を、今はキクが丁寧に世話をしていた。
 あれから結局二時間程居座り、すっかり日が暮れた頃に店を出たから、辺りは既に夜を迎える準備に入っていて、この家にも柔らかい光が灯っていた。
「ただいまー」
 鍵の掛っていなかったドアに鍵を掛け、チェーンも掛ける。いつもの作業だ。そしてそのままリビングに向かう。玄関から自分の部屋に向かうことは禁止されているからだ。アルフレッド曰く、そうした普段からの小さなコミュニケーションの積み重ねが大事だということらしい。
「……て、寝てんじゃねぇか」
 ソファーに寝っころがって雑誌を見ている内に、睡魔に負けてしまったのだろう。無造作に開かれた雑誌が力無く床に落ちていた。眼鏡も掛けたままだ。
「ガキかよ……」
 微かに震える指には気付かないふりをして、そっと眼鏡を抜き取った。仕事で疲れ切って、それでも失われていないあどけなさが表れる。そのまま指を髪に伸ばそうとして、なんとかその衝動を押し留めた。
「風邪なんかひくなよ、馬鹿……」
 毛布くらい持って来てやろう。そう何とか自分に言い訳をして立ち上がろうとしたら、不意にその手が掴まれた。
「アルフレッド!? お前、起きて……」
 焦点の合わない瞳が、ゆっくりと対象をみつめる。あの美しい青に、自分が映し出される。そして――

「       」

 一気に、血の気が引いて行くのが分かった。掴まれた腕を振り払う。
「何寝惚けてんだ、さっさと起きろこの馬鹿!!」
「は、え……アルフレッド……?」
「そうだよ俺だよ。やっと目が覚めたか。夕飯も食ってねぇのに寝るな」
「あーごめん、俺、寝ちゃってたのか」
 頭を振り、落ちた雑誌を見、漸く状況を理解したらしい。
「寝るんならちゃんとベッドで寝ろ。次の日体がガタガタになんぞ。体が資本の仕事なんだから気を付けろ」
「……何処行くんだい?」
「着替えて来るんだよ」
「そっか……お帰り、アルフレッド」
「……ただいま、アルフレッド」
 逃げるように入り込んだ自分の部屋に、明かりも点けずにへたり込む。
 向けられる、笑顔。無条件に与えらる愛情。
 いつからそれに目を背けたくなったのかは、分からない。
 それでも、ずっと思っていた。まずいなぁと、思っていた。
 好きになってしまうかも知れないと、思っていた。
 好きになりたくないと、思っていた。
 でも、遅かった。
 好きになりたくないと、そう思っていたけれど。
 もうとっくに、俺はアルフレッドに恋をしていた。
 だけど。

『――アーサー?』

 嬉しそうな声、激情を秘めた瞳。アルフレッドはいつも、父親のことを兄さんと呼んだ。名前で呼んだことは一度もなかった。だから、それは、どれも初めて目にしたもので。
 それがどうしてなのか、分かる。分かってしまう。嫌という程。
 だって、それは、立場こそ違えども全く自分と同じ状況だったから。気持ちだったから。
 
 ――自分達は、決して祝福されない恋をしたのだ。