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正しい馬鈴薯袋の担ぎ方

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モントリオールの軍団司令部には、怒号と銃声が交錯していた。
 階下からは、濃い硝煙の匂いが爆風に乗って運ばれてくる。鬼怒田の号令の元、反撃が開始されているが、状況は混迷を極めていた。
 その混乱の中、独り、文民かつ丸腰の夏目尚康は、この銃撃戦からどう切り抜ければよいのかわからず、蒼白になって狼狽えている。
 そんな右往左往している彼の腕を引く者がいた。一瞬、緊張した身体の強張りが、正体を知って融ける。夏目の腕を引っ張っていたのは、戦争計画主任たる宗方怜士だ。
 彼は夏目を抱き込むようにして、机の影に庇った。
「大丈夫かね、諜報員君」
 宗方の問いかけに、夏目は引きつった顔を向けた。
「さすがに、ここまでの修羅場というのは、体験したことがありませんから」
 彼に半ば自棄気味に言葉を返すが、声の震えはいかんともしがたい。
「あまり気は進まないが、こんな状況下では仕方ない。生き残るのが先決だからな」
 宗方はそんな夏目に対して、無造作に島津製九八式自動拳銃を手渡した。
「使い方くらいはわかっているな?」
「え? 私がこれを受け取ってしまったら、中将はどうするんですっ」
 声を荒らげる夏目に対して、宗方は平然と、
「武器庫が開いたから、そっちでも使うさ」
 埃に霞む視界の中、短機関銃を使用して撃ち返している鬼怒田を親指で示した。ロンメルやマイヤーもそちらに乗り換えているようだ。
「じゃ、じゃあ……私もそっちがいいでしょうか? 手は多ければ多いほどいいのでしょう?」
 言う夏目に対し、宗方は呆れたような視線を向けた。
「……君がアレを使うつもりかね?」
 肩が外れてもしらんぞ。
 宗方は冷徹な口調で続ける。
「弾の無駄であり、負傷者が一人増えるだけだ。君が怪我をするだけならかまわんが、ただでさえ人手の足りない友軍まで巻き込まれたら面倒だからな」
 最後の部分は溜め息混じりに言われてしまい、夏目は赤面した。
「どうせ、私はあなたのように職業軍人じゃありませんからね」
 こんな状況下でありながら嫌み混じりに言い返すのは大人げないと自覚しつつも、あっさり拒否されると自分が役立たずに思えてくる。不貞腐れる夏目を宥めるかの如く、宗方は彼を軽く引き寄せ、耳元で囁く。
「そう。だから、俺が君を守るわけだ」
 思わず、夏目は呆気にとられて宗方の顔を見つめてしまった。不思議なことに身体の震えは、いつの間にか止まっていた。
「どうかしたのか?」
「あ……いえ、まさか、計画主任の口からそういった発言を聞くとは思ってもみなかったので……」
 作戦優先を常とする彼とは思えない台詞だ。
 戸惑いに夏目は彼から視線を逸らす。
「特別というものは作るべきではないが、できてしまったものは仕方がないからな」
「は?」
 ある種、開き直りととも取れる物言いだった。
 彼の言葉の真意を問おうとして夏目は顔を上げたが、宗方はそれ以上は何も言わず、使い走りの尉官から受け取った零式短機関銃の引き金を敵に向けて引いた。
 吹き付ける爆風と銃弾により、机上の書類が空を舞い、息をつく暇もない銃撃戦が続く。夏目は宗方によって保護されているものの、跳弾と煙は防ぎようがない。爆風とともに血の臭いが吹き付け、つい数瞬までは人体の一部だったはずのものが床に転がる。
 その片鱗を目の当たりにした夏目は口許に手を当て、吐き気を堪えた。一方の宗方は眉一つ動かさず、引き金を引き続けていた。
「さすがにそろそろまずいな……」
 宗方の低い呟きが彼の耳にも届く。
 そんな中、突然、攻撃が止み、投降を呼びかける敵軍指揮官らしき声が拡声器を通して聞こえてきた。一同が顔を見合わせる中、それに対して、第二軍司令官・パーシバルの冗談ともいえない冗談が返される。司令部の面々からは苦笑が漏れた。
 あれでは却って逆効果ではないか?
 夏目が思っていると、案の定、敵軍からの返事は機銃掃射だった。規則性のある掃射を巧みに回避しつつも、彼らは応戦を続ける。
「奴らは冗談も理解できんのか」
 いや……あれは冗談というものではないでしょう。どちらかと言えば……。
 呆れたようにぼやく宗方に対し、夏目がそう言いかけた刹那、重機関銃の掃射をねじ伏せるように別種の爆発音が部屋を揺るがした。宗方が反射的に腕を伸ばして夏目を庇う。降りかかる埃が彼らの身体を白く染めた。
 数回、轟音が響き、一転して静寂に充たされる。
「遅いんだ、あの馬鹿者はっ!」
 鬼怒田の罵声に被るように、階下から松田の投降を促す怒鳴り声が聞こえてきた。そして、鬼怒田は靴音も荒々しく階段を下りていった。応戦していた司令部の面々も慌ただしく彼の後に続く。
「怪我は?」
 宗方の問いに夏目は頭を振った。
「ありません。計画主任こそ……」
 自分などより彼の方こそ、怪我をする……若しくは万が一のことがあった場合、すべての計画は瓦解する。それだけは一番避けたい事態である。結局のところ、この男がモントリオールに存在する連合軍全軍の生殺与奪を握っているわけだ。
 だが、宗方は、
「ない」
 そう簡潔に言いつつ、夏目の黒いコートに降り積もった埃を叩いていた。夏目は恐縮しながら、彼に礼を述べる。そして、固まって解けない指を銃把から強引に引き剥がし、拳銃を宗方へと返した。彼はそれを受け取ると、何故か安堵したように微かな笑みを浮かべた。
「我々も下へ降りよう」
 宗方に促され、夏目は彼に続いて階段を降りてゆく。
 鬼怒田が松田に対して苦情を漏らしているようだが、間一髪だったとは言え、救援が間に合ったことに感謝することにしよう。
 彼は思いながら、大きく息を吐き出した。
 司令部一同の気が緩み、一服でもしようかという刹那、今度は警報が鳴り響き、管制官の報告が飛び交った。
 安堵したのも束の間。一難去ってまた一難。畳みかけるような攻撃に軍司令部は大童だ。
 慌ただしく駆けだして行く松田とエネビシを見送り、夏目も指示どおりに移動しようとする。だが、あの混乱が一段落ついて気が抜けてしまったためか、足が縺れて思うように動かない。強引に一歩、踏み出したのだが、そのまま、その場に転んでしまった。
 本格的な戦闘に巻き込まれたのは、初めてだからな……それにしても情けない。
 夏目は溜め息をつく。
 いつまでも、こんなところでへたり込んでいるわけにはいかない。
 彼は己を叱責しつつ、焦って立とうと試みる。だが、やはり、どうしても脚に力が入らず、立ち上がれないのだ。
 途方に暮れている夏目に、
「立てるか、夏目君」
 訊ねながら、宗方は手を差し伸べた。
「はい……なんとか……」
「無理そうだったら、抱いて連れてゆくが」
 宗方の発言に血相を変える。
「立てますっ、立ちますっ! 自力で移動しますっ」
「そうか、それは残念」
 本気で残念そうな口調の宗方の手は借りずに、夏目は立ち上がろうとする。だが、やはり腰に力がはいらず、ふらついてバランスを崩した。
 再度、地面に激突するかと思った刹那、宗方は無言のまま、倒れかかる彼の腕を掴んで身体を支える。
「すみません、中将」
 夏目は安堵の息をつくとともに、宗方を見上げた。宗方はそんな彼の眸を覗き込んでいた。
作品名:正しい馬鈴薯袋の担ぎ方 作家名:やた子