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雪中戦

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 伊達が言いながら、田宮の表情を下から覗き込んだ。そして、彼の手を離そうとするが、田宮は軽く笑みを浮かべ、その手を包んだ。
「湯たんぽには、ちょうどいいな」
「誰が湯たんぽだ、誰が」
 仏頂面で伊達が言い返す。
 笑みを浮かべて、そのふてくされた彼を見つめていた田宮の表情が一転した。
「伊達っ」
 流れ玉に気づいた田宮は叫びながら、彼の腕を引き、自分の腕の中に庇う。
 背後の防壁に飛んできた雪玉が当たり、雪煙が舞い上がった。
「……すまん。助かった」
 二人して、安堵の息をつく。
 壁の向こう側では、未だ熱戦が繰り広げられていた。しかし、さすがにあの中に混ざる気力はもうない。
「嵐が過ぎるまで、暫くこうしてるか」
 身体を動かしていなくとも、二人で固まっていれば、多少は温かいだろう。田宮に手を取られたまま、伊達はその肩に凭れかかり、口を開いた。
「この状況で寝たら拙いよな」
「どう考えても、拙いだろう」
 様々な意味で生命の保証はなさそうだ。
「寝るなよ」
「わかっている」
 口では言いながらも、伊達は瞼を閉じて、肩に頭を乗せていた。
 皆の歓声も、雪に吸い込まれて、遠くに聞こえるような気がする。雪の冷たさが地面から身体に染みいり、芯までも凍らせる。それでも、繋がれた手だけは暖かかだった。
 どのくらい、そうしていただろうか。
「お~い、みんなそこまでにしろ~。風呂沸いたぞ~」
 沼田の声が聞こえ、皆が一斉に振り向いた。二人も雪壁から顔を出す。
 いつのまにやら戦線離脱していた彼が、直々に風呂に火を入れてくれたらしい。
 彼の声を一つの区切りとして、鬼怒田の号令が雪原に響く。
 一同は先程までの乱戦を忘れたように整然と彼の前に並んだ。一方の鬼怒田は引き込みに目を向けている。
 高機動車一台ならば……通れないことはないだろう。恐らく。ただ、運転手は高度な技量を必要とされるかもしれない。否、確実に要求されるに違いない。
 皆、鬼怒田の顔色を伺うように戦々恐々としつつ、彼を見つめていた。しかし、鬼怒田は鼻をならすだけで、特段、文句を口にする気配もない。
 そして、
「ご苦労。沼田くんに感謝して、さっさと風呂に入って来い」
 それだけ言って、踵を返す彼を一同は敬礼で見送った。そして、沼田へと向き直るが、彼はただ、笑って手をひらひらと振っている。そして、
「冷めないうちに行って来い」
 そう言うと、鬼怒田の後を追っていった。
 残された彼らは顔を見合わせると、我先にと駆け出した。
 この学校には、兵舎と廠に挟まれる形で、物干し場の横に浴場兼洗面所兼洗濯場がある。位置的には門と敷地の一番奥にある術科講堂のちょうど中間辺りの配置だ。
 彼らはそこへ駆け込み、扉を閉めることもそこそこに、濡れて躰に貼りつく軍服を苦労しながら脱ぎ出した。
 今度こそ本当に、うるさい教官の目がなくなったことから、脱衣所は一気に騒々しくなる。
「ちょっと待て! 引っ張るな、剥ぎ取ろうとするな、馬鹿野郎っ」
「俺とお前の仲だろう」
「どういう仲だよ、どういうっ!」
 そんなくだらない攻防戦が繰り広げられつつある一方で、
「何やってんだ、貴様はっ! 雪を風呂に入れるな~!」
 折角、沼田教官が焚いてくれたのに、勿体ないだろうがっ!
 浴場からは浴場からで、そんな叫び声が聞こえてくる。
 先程の雪合戦よりも騒々しさに拍車がかかっていた。やはり、雪というものには、人間を子供の頃に戻す作用があるらしい。
「……なんとなく、厭な予感がしてこないか……?」
「してきた……してきたが、あまり口にはしたくない」
 言葉として発したが最後、ロクなことにならない予感がする。
 田宮の半ばぼやきのような問いに伊達がそう答え、
「さっさと温まって、さっさと撤収した方がよさそうだ」
 結論を出して、身体を洗うこともそこそこに、湯船につかる。
 湯船の外……つまり洗い場では、いつの間にか水合戦が始まっていた。桶に並々と注がれた水がぶちまけられ、おまけとばかりに桶が飛び、喚声が反響する。時折、湯船の近くまで水飛沫が飛んできた。
 白熱した争いになっていても、『沼田が火をいれてくれた』ということを忘れていないらしく、なるべく浴槽には水を入れないよう、気を遣っているところが、どことなく笑いを誘われた。
 しかし、傍観を決め込んだ側にとっては、良い迷惑だ。
「風呂に入ったはいいが、出られなくなったな」
 出たら最後、巻き込まれる。
 光景を眺めながら、湯桁に両腕をかけて顎を乗せ、田宮がぼやいた。頭には、熱を冷ますために水に浸した手拭いを乗せている。
「下手したら、のぼせる……」
 タイルに反響する喚声が、のぼせかけた頭にガンガンとヤケに響く。そんな朦朧としかけた頭に浴場の入口が乱暴に開けられる音が聞こえてきた。
 湯気に煙る入口に仁王立ちしている人物を目にし、伊達と田宮が顔を見合わせて諦めの混じる溜め息をついた。彼らと同様に湯船に待避していた同期も溜め息をついている。
 当分、ここから逃げることもできなくなりそうだ。
「いい加減にしろっ! 風呂ぐらい静かに入らんか、この馬鹿者どもめっ!」
 鬼怒田の怒号が浴場に響きわたり、壁に反響した。
 一瞬にして、静まりかえる。
「あ……!」
 その静まりかえった場に、間の抜けた声が響いた。そして、同時に水音が。
 次の瞬間、彼らの目の前には、濡れ鼠になった鬼怒田がいた。その場にいる人間全員が凍りつき、湯気が一気に氷の粒へと変容を遂げる。
「……ほほぅ……?」
 押し殺された低い呻きとともに、鬼怒田の顔が歪み……。



 そして、本日、第二戦目となる戦いの火蓋が切って落とされたのだった。



(2004.2.29)
作品名:雪中戦 作家名:やた子