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銀輪にソーダ水

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湖を渡る爽やかな風が髪を煽る。
 夏目は湖畔に捜し求めていた人影を見つけ、ブレーキをかけて自転車を止めた。湖に向かって立ち、こちらには背を向けている。
 ……なんというか、背中に哀愁が漂ってますよ……。
 思わず、そんなことを思ってしまう夏目であったが、
「夏目君か?」
 人影は彼に気がついたのか、振り返る。
 気配だけで気づくとは、さすがに軍人だけはあるな。
 妙な感心をする夏目に宗方は視線をよこした。
「何故、君がここにいる」
「計画主任を捜しに来たからいるんです」
 最近、夏目は、行き先も告げずに姿を消す宗方を発見する率が高い、という理由だけで、戦争計画主任捜索隊の頭数に含まれてしまっている。彼にとってはいい迷惑だ。
 彼が宗方を発見できるのは、宗方の行動パターンを読んでいるためか、それとも宗方が夏目の予想を把握しているからなのか、その辺りの真偽ははっきりしない。はっきりしないが、捕捉できるのなら、それは特段、問題にはならないだろう。
「自転車で来たのか? 車を出せば良かっただろう」
 この寒空の元、歩いてここまで来た人間が何を言う。
 夏目は呆れる。
「こっちの方が小回りが効いていいんですよ」
 まぁ、あの場にいたくない気持ちはわからないでもないが……。
 捜し回る部下達の身にもなってやって欲しい。
 夏目は深い溜息をついた。
「副官くらい連れて歩いたらどうです」
「君がいるからいらん」
 いや……そう言ってもらえるのはなんとなく嬉しいが、生憎、俺は副官じゃない……。
 夏目は頭を抱えると同時に、正規の副官がいるはずなのに、そんなことをのたまってくれる彼に呆れる。
「私では万が一のときに役に立たないでしょうが」
 悔しいことではあるが、事実は事実だ。
 宗方の盾になるのが関の山。それどころか、盾にすらなれないかもしれない。
「頭を潰されてしまったら、動きたくとも動けなくなりますよ。ハワイ戦やつい先日のロンメル中将で、それは実証済みです」
 それがわかっていない宗方ではないと思うが、彼は敢えて口にする。そして、宗方の仏頂面を覗き込んだ。
「……そんなにあそこにいるのが厭でした?」
 不機嫌な沈黙がその答えらしい。
 夏目は軽く笑みを浮かべる。
「気持ちはわからなくもありませんが、作戦会議が詰まっているんですから、この後ろに乗ってください」
 さっさと帰りますよ。
 言いながら、彼は宗方を促した。しかし、
「乗る? 俺がか?」
 宗方は、冗談ではない、と言わんばかりに眉を寄せる。それどころか、彼は手を伸ばし、
「君が後ろに乗ればいい」
 夏目の手から自転車のハンドルを奪おうとした。
「の、乗れるわけがありませんっ!」
 奪い取られないようにハンドルを硬く握り締めつつ、彼は血相を変えて叫んだ。
「何を遠慮している。あぁ、振り落とすつもりはないから安心したまえ」
 いや、いっそのこと振り落としてくれたほうが、まだマシというものだ。
 夏目は内心呻きながら、両肩を落とす。
「御託はいいですからさっさと乗ってください。いくらなんでも計画主任に労働をさせるわけにはいきません」
 いい加減、主任も歳ですし。
 夏目の発言に、さすがの宗方も仏頂面となる。
「少なくとも事務屋の君よりも体力はあるつもりだが」
「失礼な」
 それでも暫し応酬があった後、憮然としたままの宗方は観念したのか、不承不承、荷台に腰かける。彼が後ろ向きで乗ったために二人は背中合わせとなった。
「しっかり掴まっていていてくださいね」
 夏目は背後に念を押すと、ペタルを踏み、自転車を漕ぎはじめた。
 しかし、漕ぎ出したものの、道は舗装もされておらず、平坦ではない。先ほど宗方に対して反論してはみたものの、所詮体力は事務方仕様であるために、夏目の息は早々に上がってしまう。
「やはり代わろうか?」
 背後から聞こえる揶揄を含んだ声色に、夏目は無言のまま、自棄になってペダルを踏みしめた。
 一方、荷台の宗方は口元に苦笑を浮かべつつも、優雅に煙草をふかしている。
「このまま道を外れて湖に突っ込んだり、崖から転げ落ちそうになったりしたら、俺はすぐさま見捨てて逃げるからな」
「縁起でも、ないこと言わないでくださ……い。それに我々は……一蓮托生、なんじゃなかった…ですっけ?」
 反駁するが、体力の大半をペタルに取られているせいか、途切れ途切れの言葉には力がない。
 連れ添うならばどこまでも。地獄の底までご一緒に、か。
 紫煙を吐き出しつつ、宗方は歌うように口にする。
「どこまでだっ……てお付き合い…すると言ったでしょ。だから……私にも、付き合ってもらいます」
 夏目は軽く背後を振り返る。だが、振り向いた弾みに泥濘にハンドルを取られ、辛うじて転倒は免れたものの、藪に突っ込んだ。そこを住処にしている鳥達が大慌てで飛び立ち、つい先刻まで静かだった山道が喧騒に包まれる。
 しかも、悪いことに下り坂だったらしく、速度が増した。
「しゅ、主任っ! 大丈夫ですかっ!?」
「俺のことはいいから前を見ていろ」
 しかし、宗方の警告も時すでに遅し。回避が間に合わず、再び藪に突っ込み、抜け出た。
「す……みません……」
 小さくなる夏目とは対照的に、荷台の宗方は肩を震わせて笑っている。
「いや、こういうのも中々面白い」
 それに被害担当艦は前で漕いでいる君だしな。
 宗方の無情な台詞だが、夏目は言い返すことができない。
 自転車は漸く舗装された道に出る。ここから基地まではあと少しだ。だが、そのあと少しが遥かな道のりに感じられる。
 体力の限界を悟ったとき、見慣れたものとなった基地の門と衛兵が夏目の視界に入った。
 二人乗りの自転車は大きく蛇行し、危うく門柱にぶつかりそうになりつつも、基地の門を潜る。
 銜え煙草でにこやかに敬礼する荷台の宗方に対し、口を開けて惚けていた衛兵が慌てて礼を返した。
 フラフラと走る自転車を傍で見ているほうが却って恐ろしい。その予想進路と思われる範囲からは人間が消え、作業中だった兵士達は手を止めて遠巻きに眺めていた。
「しゅ、にん……つ、きました……おりて…ください」
 耳障りなブレーキ音をさせて、夏目は自転車を止める。そして、暑苦しいコートを脱いで自転車の前籠に放り込み、ネクタイを緩めシャツのボタンを外した。
 後で整備に持って行って近藤少佐に油をさしてもらおう。ついでに、バイク用のエンジンでも乗せてもらおう。
 そのくらいの改造は、整備班にとってはお手の物だろう。
 夏目はハンドルに突っ伏し、心に誓う。
「大丈夫か?」
 心配そうな口調の問いに対し、こくこくと頷くだけで声が出せない。
「……早く行ってください。本当に時間がないんですから」
 幾度か咳き込んだ末に無理やり搾り出せた声は、かなり掠れたものだった。荷台からおりた宗方は咳き込んでいる彼の傍らに立つ。
「仕方がないな。行きたくもないが、行ってくるか」
 そして、宗方は指を伸ばすと、夏目の髪に絡みついている枯葉を丁寧に払った。
「ご苦労だった。あとで軍医に手当してもらえ」
作品名:銀輪にソーダ水 作家名:やた子