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「久保ちゃ……?」
「具合どう?」
 ふっと暗闇の中で時任の眼が開いた。声が嗄れている。ゆらゆら揺れる瞳の覚束なさが久保田の胸を淡く照らした。
「のど……かわいた」
「ポカリでいい?」
「アクエリ、買って、ねえの?」
「うん。お前出かけなくていいって言ったの、覚えてない?」
 そう言うと時任はムッとしたように黙ってしまった。どうやら覚えてはいるらしい。声には出さず密やかに笑い、久保田はベッドサイドに置いてあったペットボトルの蓋を開けた。彼がむせないように首の後ろに手を回し頭を少しだけ持ち上げる。傾けたペットボトルの先でごくりとポカリを嚥下する音がした。
「………………なまぬる」
「冷蔵庫のヤツ持ってこようか?」
「湿らせたかっただけだからもういい」
「お腹すいてたらおかゆの残りあるけど」
「もうあれ飽きた」
「飽きたって、昼間一回しか食べてないっしょ」
 確かに食事に歯ごたえを求める時任には厳しい料理かもしれない。けれどそれ以外の病人食と言われても思いつかないし、そろそろ何か口に入れた方がいいだろう。彼は昼間以来何も食べていないし、今は深夜だ。さて、どうするか。
 ふと久保田は葛西が置いていったケーキの存在を思い出した。
「それならケーキ食べる? 夕方葛西さんが置いてったんだけど」
「ケーキ? おっちゃんが? 珍しいなー」
「うん、多分誕生日だからじゃない?」
「おっちゃん今日誕生日かよ」
 へえと笑う時任に久保田は首を横に振った。
「そうじゃなくて俺が」
「ああ?」
「24日、俺の誕生日」
「なにーーーーーっ!?」
 時任がものすごい勢いでガバリと上半身を起こした。久保田は素早く身を引き、衝突事故を避ける。
「おま、そういうことは早く……ゲホ!」
 今まで掠れた声しか出なかったところに思い切り怒鳴れば喉を痛めて当然だ。言葉の途中で突然咳き込み始めた時任の背中を、よしよしと久保田はさする。
「あんま大きな声出さない方がいいよ。喉痛いんでショ」
「お前が誕生日のこと黙ってたりすっからだろ」
「黙ってたっていうか、別に言う必要なくない?」
「なくない! ていうか言え!」
 ぜいぜいと息を切らし、久保田の肩にもたれかかるようにして悪態をつく時任は、どこまでも強気だった。久保田は首をかしげてごめんと謝る。
「悪いと思ってねーのに謝んな」
「でもお前を興奮させちゃったぽいし」
「問題は……そこじゃねえんだよ。ああったく! 今からじゃなんも用意できねえじゃねーか。ていうかもう日付変わってんのかもしかして。じゃあ誕生日終わっちまってんのかよ」
「あー、うん、そうね」
 一時間ほど前に時計の針は〇時をまたいでいる。悔しがる時任を見て久保田は何となく微笑んだ。
「なに笑ってんだ」
「お前随分悔しがってるけど、俺、誕生日プレゼントもらってるのにな、と思って」
「は? 俺なんもやってねーじゃん」
「時任さ、風邪ひいたよね」
「それがどうし……まさか、風邪ひいたのがプレゼントとか言わねーよな」
「そのまさか、かな。看病イベントけっこう面白かったし」
「俺はゲームのキャラじゃねえええ!」
 ギラギラ光る目が久保田を捉えた。咳は出ているが意外と元気になったように思う。この分だときっと明日からまた外に飛び出して夕方まで帰ってこないのだろう。最近の時任はこの暑さにもめげず、久保田がバイトだろうと家にいようと外で遊びほうけているのだ。そのことを少し寂しく思っていた自分に気がつく。
 ひとしきり騒いだあと、今度はむっつり黙り込んでしまった時任の髪を久保田は優しく撫でた。
「だってお前一日家にいたじゃない」
「…………なんだよそれ」
「風邪ひいて寝込んでうちから出られなかったっしょ」
「それが?」
「うん、だからそれが誕生日プレゼントだったなと思って」
「――はあ!?」
 何言ってんだお前! と意味を理解した後の時任には怒鳴られたけれど、久保田は本心を告げただけなので反省はない。
 とりあえず時任がいま自分の隣りにいて、怒っていることが嬉しかった。一日自分の手の内にいた。それも嬉しかった。久保田は普段あまり嬉しいと思うことがない。
 誕生日イベントなんて主役が喜べばなんでもいいのだと、憤慨する時任に理解させるのは難しいかもしれない。ただ、久保田は満ち足りた誕生日を初めて過ごして、生まれたこと、生きていることに感謝する日の意味が少し分かった気がした。
 感謝する対象はもちろん、自分の信仰するたった一人の神なのだけれど。
作品名:KM 作家名:せんり