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「なんだ、時坊は寝込んでんのか」
 夕方近くに葛西がマンションを訪ねてきた。
 時任は粥の味が薄いだのポカリじゃなくてアクエリがいいだの、さんざ文句を言っていたが今は力尽きて眠っている。氷嚢なんてしゃれたものはなかったので、保冷剤の小さいのをいくつかまとめてタオルにくるみ、額に当ててあった。
 彼は自重という言葉を知らないので、風邪をひいていてもいつも通りの生活を送ろうとする。そして思い通りに動けない自分に驚き、余計苛立ちを深めているようだ。
 咳をしながら怒鳴る時任の姿を思い出して、久保田はクスリと笑った。
「どうした」
「いや、時任がね、風邪ひいてるのにちっとも大人しくしなくて」
「ああ、まあ時坊じゃあなあ」
「喉とか咳とかすごくて面白いよ」
「面白いって、誠人、お前な」
 葛西が呆れた顔で久保田を見た。どうやら自分はおかしいことを言ったらしいと久保田も気がつく。彼が相手でなければそのまま流してしまうのだが、いつも世話になっている手前、少し説明を足すことにした。
「俺が風邪をひいたときは、あんまり咳は出ないから珍しくて」
「――誠人、お前風邪ひいたことあんのか」
「俺も人間ですけどね。葛西さんと暮らしてた頃の話だよ。一人暮らしになってからは覚えがないかな」
 そう言うと、葛西は更に目を丸くした。手に持っていた煙草から灰がぽろりと落ちる。
「お前な、具合が悪かったら言えよ! そんなことがあったなんざ、俺ぁちっとも知らなかったぞ」
「うーん。でも言ってどうなるもんでもないし」
「ばっかお前、いくら俺だって看病くらいはしてやったさ」
「看病って何するの? 別に少し大人しく寝てれば治ったよ」
「薬買ってきてやるとかだな……」
「薬は飲みたくないなあ」
 飄々と答えると、葛西はどこか痛みをこらえるような顔をして口を噤んだ。さきほど零した灰を手で乱暴にかき集め、灰皿に落としている。まっすぐ落としきれなかった灰がふわりと空気に混じって、久保田の鼻孔をくすぐった。
 葛西は新しい煙草に火をつける。一度深く吸い込むと、彼は低くつぶやいた。
「じゃあお前がいま時坊にしてやってることはなんだ?」
 問われて久保田は考える。時任があれこれ言ってくるわがままに耳を傾けるのはいつもと同じ。ただ今の彼はわざわざリビングや台所にいる久保田の元まで注文をつけにはこられないから、なるべく傍らで過ごして何かあれば耳を傾けることにしている。とりたててやることもないから、荒い呼吸をしている時任の元で久保田がしていることと言ったら――。
「……観察?」
「それぁ、そばに居て見守ってやってるってこったろ」
「…………どうかな。俺は基本的に自分のことしか考えられないから」
「時坊が具合よくなったらそれ言ってみろ。殴られるから」
 殴られるとわかっていてそのまま言う人間はいない。けれど久保田は素直にうんと頷いた。殴られようと怒られようと、久保田は時任が久保田の発言に反応してくれるのが好きだ。それは彼が笑顔になっても悲しそうな顔になっても一緒だった。肝心なのは隣りに時任がいるという事実で、彼の心を震わせたのが自分だということだけ。
 葛西はその後、火をつけた煙草が短くなってから立ち上がり帰っていった。その場に土産だと持ってきたケーキの箱が手つかずで残されていた。
作品名:KM 作家名:せんり