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コールドハート・ストーンレッグ

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新しく手にいれた足は、最初こそまともに動かすことさえ出来なかった。
 動かない戦車なんて戦場じゃただの的だ。僕の足と同じように動いてくれないのに、僕の足と違って痛みだけは伝えてくれる。
 だから必死になって操縦をマスターしたさ。

 歩く。
 しゃがむ。
 走る。
 飛ぶ。

 何気ない基本動作だ。
 誰だって無意識でやっていること、やれること。
 いちいち頭の中で「どうやったら歩けるか」なんて考えない。

 左足に重心を移動、上半身のバランスに気をつけながら、右腿を上げる。
 踵を下ろしながら右足に重心を移動させ、しっかり地面に足がついてから、今度は左腿を上げる。
 この時、上半身のことを忘れると、あっという間に転んでしまう。

 士魂号ってのは本当に手がかかる。
 バランスは悪い、転んだだけで壊れる、複雑な操作系統を身体に覚えこませ、実戦では無意識に、身体を動かすのと同じ感覚で操作することを要求される。

 それでもマシだ。
 まったく動かない足。痛みすら伝えてこない石の足よりは、ずっと。

「なっちゃん、ほんまに大丈夫?」
 ハッチを開けたまま、最終調整を行っていると加藤が顔を覗かせた。
 空席の1番機のパイロットをどうするか。何度も会議を重ねた末、――どういうわけだか、僕にパイロットのお鉢が回ってきた。整備の仕事の助けにしようと受けた士魂徽章が、こんな形で役に立つとは思いも寄らなかった。
 司令の芝村は配置換えの理由を、候補者の中で最も適正が高かったからだと答えたが、芝村のことだ、どうせ他に思惑があるのだろう。
「足の動かないパイロットが前線に出るのは不安?」
 僕の配置換えが決まった後、加藤は1番機の整備士にしてくれと陳情したらしい。事務官としての能力の高さは善行も認めるところで、受理するしないでもめた挙句、1号機が壬生谷仕様から僕用に換装される頃に、整備班に移ってきた。
 事務官としては有能でも、整備士として有能とは限らない。これまで整備をやっていた目から見れば加藤の整備は手際が悪く、何度となく原主任に呼び出されていたことを知っていたが、そんなのはどうでもいいことだった。
 頭数合わせのパイロットには、素人の整備士で十分だしね。
 表情を凍りつかせて黙る加藤を無視して、最終確認を続ける。運動系統のレスポンスが少し遅い。こういうの、イライラするな。この程度の不調なら自分で直したほうがマシだ。
 舌打ちを聞かれたらしい。黙りこくっていた加藤がはっとして顔を上げた。
「あっ、あの。……ごめん」
 謝ったきり俯いてしまう。何が「ごめん」なのか。ちゃんと整備が出来ないことか? それなら最初から整備士になんかなるなよ。こっちは出撃前で忙しいのに、鬱陶しい。
 僕は手を止めると、加藤へと振り向いた。
「何が『ごめん』なのかわからないな。出撃前で忙しいの、わからない?」
 加藤の顔は泣き出しそうだった。泣き出しそうな途中で無理矢理笑みを作ったみたいに笑って、口の中でもごもごと何か言って、背を向ける。
 少しだけ胸が痛んだ。すぐに首を振る。僕には関係ない。僕のようなお荷物が前線に出てまともに戦えるのかと見下して心配して、優しい自分を確認したいだけだろ。
 セットアップ完了、オールグリーン。
 顔を俯かせて、加藤が機体から身を放す。整備用のタラップを小走りに駆け下りていく。

 ……本当は判ってる。
 何故加藤が、なれない整備に回ったのか。出撃前に顔を出したのか。
 言いにくそうに「生きて帰ってきて」何て言ったのか。
 ああ、くそ。動く身体を手にいれて浮かれていた気持ちが萎んだじゃないか。
 狭いコックピットから、腕の力だけで苦労して身を乗り出す。
「加藤!」
 補給車へと向かっていた加藤が立ち止まり、振り返る。呼び止めておいて、かける言葉を捜す。皮肉ならいくらでも出てきたけれど、大声を出して注目を浴びるのも馬鹿馬鹿しくて、結局僕は首を振った。
「何でもない」
 振り返った加藤の表情は、生憎僕の視力ではよく見えなかった。

 走る。

 瓦礫を飛び越え、横に反転。構えて引き金を引く。
「狩谷君……、突出……しすぎ。下がって……」
 通信機が石津の陰気な声を伝えてきた。何でオペレーターがこいつと来須なんだ。人選ミスなんじゃないか?芝村。
 石津の指示は無視することにした。だって敵を全部倒せば問題ないだろう? もうお荷物だなんて言わせない。それが出来る力はもう手にいれた。
 ゴブリンが血袋と化すのを確かめる必要はなかった。その場で上半身を捻る。慣性の力を使って足を振り上げる。士魂号の足先が綺麗に弧を描き、後ろにいたゴブリンの腹を抉り取る。
 身体は軽いくらいだった。次々と襲い掛かってくる敵をかわして肉薄し、撃ち斬り伏せ蹴り落とす。
 相手の動きが「何となく」わかる。無意識に動きを予測して、思考より先に身体が最善手の動きを取る。
 バスケと同じだ。デフィエンスをかいくぐってシュートを決める。攻撃をかいくぐって攻撃を叩き込む。中学時代は意識しなくても身体が動いた。あの頃の感覚を思い出せ。
 芝村が「適正の高いものを選んだ」と答えたのは、確かにそのとおりだったのかもしれない。バスケで鍛えたカンと運動センスが役に立ってる。
「何なんだよ、あいつ……!!」
 震えるような声が通信機から聞こえてきた。1番機パイロットの瀬戸口だ。あいつ、確か僕に反感を持ってたな。その僕がこんな風に動けるのが、そんなに意外か?
 小気味よかった。呼吸をするように敵を屠る視線の先に、敗走を始めた幻獣軍が目に映った。
 逃げるなよ、まだ踊りたらないのに。 
 一息で間合いを詰める。バズーカを構えトリガーに指をかける。照準の先には敗走するミノタウロスの巨大な背、この隊のリーダーだろう。こいつを潰せばしばらく攻勢はない。
 確実に取れる。何の前触れもなくそう確信した。
 首級を、そして絢爛舞踏章を。僕は三百体の敵を倒し、決戦存在になれると、僕は悟った。
 確信したから、――トリガーから指を離す。
「な……っ、何をしておる! 狩谷!」
 芝村の焦りを含んだ声が通信機から響いた。そうか、芝村にはわかるんだな。
 遠ざかるミノタウロスの背を見送りながら、バズーカを降ろす。指揮官が撤退した幻獣軍は、数日も立たないうちに再度の攻勢に出てくる。
 それを屠ることは簡単だ。敵を滅ぼし、三百体の敵を倒し英雄となりこの戦いに決着をつけることだって出来る。
 でも僕はしない。英雄にならない。
 戦いが終われば、兵器である士魂号は必要なくなる。僕は再び足を失うことになる。それに、戦争中という極度の人手不足のこの時代だからこそ、石の足を持つ僕も必要とされる。だけど戦争が終わってしまえばどうだろう? その後の平和で平等な世界で、石の足を持つ僕に居場所はあるのか?
 ミノタウロスの背に照準を合わせた一瞬のうちに、僕はそう理解して判断した。
 芝村は気づいた。僕がわざと敵を殺さなかったことを、それでいながらこの戦いの行方を決める決戦存在だと。