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光陰

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 ひたひたと、こちらに近寄ってくる足音に気が付いて、浮竹はどろりと重い瞼を持ち上げた。
 元々眠っていたわけではない。目をあけているのが億劫だっただけだ。それでも、懇々と眠り続けて病の淵からはい上がるエネルギーを蓄える時期はもう過ぎた。あと三日もすれば、見舞いの客人を迎え入れるくらいは出来るようになるだろう。
 ほどなくして、雨乾堂への回廊を歩いてくる人物の霊圧が感じ取れるようになる。こうして伏せっているときは、霊圧よりもまず地を伝って響いてくる音を感知する方が早いのが常だった。
 仙太郎と、もう一人は――京楽。
 当然といえば当然だった。まだ起きあがることさえ困難な自分の元に、あの忠実な三席たちが、京楽以外の見舞い客を通すわけがない。
 いや厳密に言えば、京楽は見舞いにきたというわけでもなかった。
「今夜はボクがついているから、キミたちはゆっくり休みなさい」
「ハイッ! お言葉に甘えさせていただきますッ!」
 仙太郎の、押さえていても大きな声が、御簾越しに聞こえた。浮竹は思わず微笑む。
 知っている。本当はあいつが好意に甘えたくなどないこと。それでも浮竹が一番楽に身を預けられるのが京楽だと知っているから、三席二人は黙って身を引く。
 そして京楽も、卯ノ花の治療が済み、浮竹がある程度回復するまではまったく顔を見せない。自分の役どころを決して間違えない男だった。




「やあキミ。起きていたね」
 仙太郎の霊圧が遠く微かになったころ、そろそろと御簾が上げられ、京楽が顔を覗かせた。
 浮竹は伏せたまま、瞳だけを動かして彼をじっと見つめる。京楽は、その目に浮かんだ意志をあっさり読みとって、ふむと一つ頷いた。
 持っていた盆を脇におき、浮竹の枕元に素早く膝をつく。
「ちょうどいい。薬を貰ってきたんだ、飲んじゃおうか」
 まるで自分も一緒に飲むかのような口調だ。浮竹の背に手を差し入れて、半身をゆっくりと抱えて起こす。温かく力強い腕に支えられながら、浮竹は内心舌を巻いた。
 あいかわらず聡い男だった。こちらが一言も言わないうちから、望みが全て見透かされている。これに慣れてしまってはこの先どうして生きていけようか。
 そう思いながら、もうどれくらい経っただろう。このスタイルは結局院生時代から変わっていないのだ。浮竹は心がじんわりと満たされていくのを、止めることが出来なかった。
 部屋の隅に常備されている背もたれをあてがってもらい、一息つく。四番隊の救護詰所にはきちんとした可動式の病人用寝台があるのだが、布団をこよなく愛する浮竹は、それを雨乾堂には決して持ち込ませなかった。
 ほどよく覚めた白湯を手渡され、喉を湿らす。
 湯飲みはごく軽いもの、中身は三分の一程度の量だというのに、持つ手が微かに震えた。落とさぬようしっかり持って、全て飲み干す。
 どうにか声が出るようになった。
「すまんな」
 やっとの思いで絞り出した声は、か細く嗄れていた。
 咳払いをしたい気持ちをぐっとこらえる。むせると咳が止まらなくなり、それは浮竹の体力をごっそり奪うのだ。
 京楽は浮竹の謝罪には知らん顔をして、薬の包みを開けている。好きでやっていることなのだと何度言っても通じない浮竹に、少々呆れているのかもしれなかった。
 シュンシュンと沸き立つ鉄瓶から湯を注ぎ、うす茶色の薬を賢明に溶き始める。途端に何とも奇妙な香りが、室内いっぱいに広がった。
「やれやれ。相変わらずすごいニオイだね」
「味も、同じ、くらい、すごいぞ」
 とぎれとぎれにそう告げると、京楽は顔を蹙めた。そのすごい味の薬を飲み続けなければいけない浮竹の心境に思い至ったようだ。せめて苦い薬というなら耐えようもあるが、不味いというのは始末に負えない。
 だが、かき混ぜる手は止まらなかった。飲まないわけにはいかないし、その薬は高温の湯にも非常に溶けにくいのである。元々が液体に溶かせるような材質でもなかった。できる限りよく溶いておかねば、浮竹がむせてしまうのを彼はよく知っている。
「俺は、大丈夫。もう、なれた」
 安心させるように笑ってみせると、京楽はますます顔を蹙めた。本当のことを言っているのだが、無理しているように受け取られたのかもしれない。
 どんなに不味くても、長年飲んでいれば案外舌が慣れてくるものだ。この薬は体調不良の時に処方されるのではなく、飲み続けて身体の状態を安定させておくためのものだったから、毎日朝晩二回飲んでいる。処方されてもう三十年以上経っていた。
 あまりの不味さに最初は口直しを必要としたが、今や、のどに残る粉っぽさを取り除くため白湯を一口飲むだけで問題ないまでになった。
 それを説明しようとして口を開きかけると、
「声を出さないでいいよ。唇を読むから」
 指で自分の口を示した京楽に、浮竹はホッと微笑む。
『それはたすかる』
 京楽らしい気遣いに、甘えることにした。喋るという行為は存外力が必要だ。声だけでも出さないですむのなら、それに越したことはない。
「そういやここに来るとき、十三番隊隊舎の前で日番谷くんに会ったよ」
『冬獅郎に?』
「まだ見舞いは無理だと分かってたようだけど、様子見に来たらしいね。三日ほどで会えるだろうと言っておいた」
『そうか。ありがとう』
「普段キミに食べ物を押しつけられているからね、お返しに見舞いの品を積み上げてやると息巻いていたよ」
『押しつけるとは、人聞きの悪い』
「なァに。心配しているのさ。かわいいモンじゃないか」
『ああ。まったくだ』
 顔を見合わせてふっと笑う。あの意地っ張りな十番隊隊長の、照れ隠しにそっぽを向く仕草が胸をよぎった。三日の後、ここに尋ねてきたら、色々持ちかえらせてやろうと決意する。どうせいつも、隊員たちに配ってもまだ余るほどの見舞いの品々が集まるのだから。
作品名:光陰 作家名:せんり