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光陰

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「――浮竹。また彼に何かあげようと思ってるだろう」
『なぜわかる』
「いそいそと部屋を見回していれば誰にだってわかるさ」
『………………まずかったか?』
 京楽の視線にやや呆れたような、哀れむような色を感じ取って、浮竹は思わず尋ねた。日番谷を見かけると、あれもこれもと渡しまくるのは悪い癖だという自覚はある。だが、どうにも小さな身体で精一杯頑張っている子供を見ると、ほほえましく、何かを渡してしまいたくなるのだった。
 京楽は、そうだねえと呟く。
「あの子には、うん、そうだなァ、……与えるよりもまず受け取ってあげることの方が必要だと思うがねえ」
『受け取る?』
「一方通行ってのァ寂しいもんだ。貰うばかりじゃだあれも嬉しくないよ、浮竹」
『…………ああ、そうか。そうだな、おまえの言う通りだ』
 京楽の声が胸に染み入るようだった。浮竹とて周囲から、蝶よ花よと大事にされているだけでは逆に気が滅入るだろう。自分の手で、相手を大事に出来るからこそ幸せなのだ。
 日番谷はとても賢い子だから、きっとそれを知っている。
 浮竹が頭を撫でるその手から逃げないのも、お菓子を山のように渡されて、ため息をつきながら受け取るのも、結局はそういうことだ。――自分が誰かに好意を与えるときのために。
 そしてその彼が浮竹の見舞いに来るという。山ほどの見舞いの品を持って。
 貰った分だけ返したいという憎まれ口を叩いていたようだが、本当は、自ら浮竹に何かを与えたいと思ってくれたのだろう。それは食べ物であったり、花であったり、心配という心であったり。
 それを受け取った後、またあの子に何かを持ち帰らせたりしたら、彼の気持ちをそのまま横流しするようなものだ。
 おそらく傷つきはしないだろう。けれどきっと彼はがっかりする。そんな目に遭わせたいわけではない。皮肉めいた笑みでもかまわないから、笑っていてほしいと、いつもそう願っているのに。
 浮竹は京楽をじっと見つめた。彼がいなかったら、気づけずにこの手から失っていただろう物が、どれほどあることか。
 院生時代から聡かったこの男は、たとえ周囲の人間のいろんな点を見透かしていても、その思慮深さからめったに口にすることはなかった。昔から、彼が忠告めいた言を発するのは浮竹に対してだけだ。
 思わず、ああとため息をつく。
「どうかしたのかい?」
『お前はどこまで俺を甘やかす気だ』
「うん?」
『俺はいつか、お前なしでは立てなくなる日がくる気がするぞ』
 軽い口調で冗談めかして、それでも浮竹の心の奥底にひっそり巣くっている確かな恐怖感を口にする。恐ろしいようでいて何とも甘美なその誘惑は、時折浮竹を強く揺さぶった。
 だが、京楽は静かに首を横に振る。
「……ああ、それはキミじゃないよ、浮竹。人の支えが必要なキミじゃないだろう」
 優しくささやかれて、浮竹は言葉を失った。この、京楽に支えなければ座ってもいられない状態で、浮竹が人の助力なしに生きているというのだろうか。
 本当は自分の足で地を踏みしめて立っていたいと思っているけれど、現実はいつだって容赦なく浮竹に襲いかかってくる。幼少の頃から繰り返される発作はもう慣れっこだと笑いながら、苦しみを当たり前の物として受け入れることなどできなかった。
 呆然と京楽を見上げる。彼の温かい指先が浮竹の髪をさらりとかき上げた。思わず後退って、とたん背もたれに阻まれる。
『ちょ、……まて。俺は、きたないぞ。風呂に入っていない』
「おやおや。ボクも見くびられたもんだね。そんなことぐらいで身を引くと思ってるのかい」
 予想通りその白い毛先に軽く口づけを落とされる。浮竹の身体はかあっと熱くなった。
『京楽!』
「そうだね。もしもキミがいずれ、ボクの手なしで立っていられなくなるのなら」
『……きょう、らく?』
「それはボクがキミをそこに追い込んだ、ということだろうなァ。キミを失う恐怖に怯えて、足枷をつけたくなったのさ」
 今まで一度として聞いたことのないような暗い声音に、全身が総毛立った。全てを見透かすような真剣なまなざしが浮竹を貫く。いつもは隠されている京楽の本質が、少しだけかいま見えた。
 だが、何を思う間もなく、浮竹は本能のまま言い返していた。
「お前がそんなことするわけないだろう」
「……浮竹」
「お前の言葉をそっくり返してやる。そんなのお前じゃないぞ。俺を失いたくないと思ったら、閉じこめたりせず一緒に行こうと手をさしのべる男じゃないか、お前は」
 ――今までもそうしてきた。そしてこれからもそうして歩いていける。一緒に過ごしてきた年月がその自信を持たせてくれた。
「……ゲホッ」
「浮竹!」
 一気に言葉を押し出したせいで呼吸困難に陥った浮竹は、ゴホゴホと咳き込んだ。次いで咳はシャンシャンという筋の入った物に変化する。苦しくて目尻に涙が浮かんだ。それでも甲高い咳しか出せなかった昨日までに比べれば大分マシなのだ。
「ご免よ、からかいが過ぎた」
「…いいさ。俺が、先に、ばかげた、ことを、言ったんだ」
 背中を優しくさすってくれる京楽に、力を振り絞ってにこりと笑ってみせる。京楽も安心したように微笑み返した。
「ボクらは知り合って随分経つけど、どうやらまだまだ先は長いみたいだからねえ。末永くよろしく頼むよ、浮竹」
「ああ、こちらこそだな」
 こくんと頷く。
 長く起きていたせいか、目がかすんできた。身体は疾うに力を失い、京楽の肩に寄り添うように身を委ねている。背中を行き来する手のひらは温かく心地よかった。
 そのままうとうとと身体が揺れ出す。限界を超えて、眠りの国から迎えが来ているようだった。
「眠っておしまい。次に起きたときにはキミはもっと回復しているはずだから。つまらないことなんか到底考えつかないほどにね」
 京楽の声を子守歌に、浮竹はずるずると夢の中に意識を引きずり込まれていった。これ以上ない安心な場所で、彼と進むべき未来へ、また一歩踏み出すためにエネルギーを蓄えるために――。
 明日はもっと京楽と楽しい話をたくさんできるよう。
 ただそれだけを祈りながら。
作品名:光陰 作家名:せんり