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輝ける星

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「慎吾ぉ? ちょっと、なんでウチの前に落ちてんの、お前」
「山ちゃん……落ちてるとか、仮にもジュケンセイの台詞としてありえないから、それ」


 真夏の照りつける日差しの下、元チームメイトの家の前で待つこと1時間。やっと表れたお目当ての人物の第一声に、島崎はガックリと肩を落とした。
 山ノ井はそんな島崎の姿を一瞥してから、ふと眉を顰めた。自転車を定位置に止めて荷物を持ち上げる。
「まあ入れば? いつからいたんだか知んないけど、慎吾、顔真っ赤。熱中症になったらどーすんだよ」
「……そんなヤワな身体作り、してねーよ」
 ぼそりと呟いて招かれるまま玄関に入った。クーラーの冷風はなかったが、日差しがない分、いくらかはマシだ。顔に張り付いてベタベタした汗を拭っていると、島崎のぼやきを捉えた山ノ井が「そう?」と人の悪い笑みを浮かべた。反応すればからかわれるだけなので、黙って脱いだ靴を整える。ついでに脱ぎ散らかしたままの山ノ井の靴も整えておいた。
 ふと靴の数が少ないことに気付く。
「山ちゃんち、今日誰もいねーの? チャイム押しても誰も出てこなかったけど」
 山ノ井の家は足の弱い祖母や耳の遠い祖父がいるため、チャイムに返事がなかったとしても全員が留守とは限らなかった。麦茶を手に台所から戻ってきた彼が頷く。
「ほら、俺の試合もう見に行く必要なくなったじゃんか。だから時間空いたっつって、みんなでネズミーランド出かけた」
「あー……、ランド? シー?」
「ランドっつってたけど、シーも行くんじゃね? ほらオフィシャルのホテルあんじゃん。あれに泊まるって言ってたし。柚香が一度泊まってみたいってうるさくて」
 俺は夏期講習あるから残ったんだけどと、のほほんとした表情で話す山ノ井はいつもの緊張感のない彼のままだった。逆に島崎の方が彼の妹のわがままに苦笑する。もしかして一人の方が勉強に集中できるようにとの気遣いもあるのかもしれないが。
「山ちゃんとこの家族って、そういうとこドライっつーか、こだわんなくてイイよなぁ」
「んー? なにが」
「『試合もう見に行く必要なくなった』てとこ」
 先ほどの彼の台詞を復唱してみせる。山ノ井はああと納得した顔になり、ついで首を傾げた。
「うちはまあ人数多いから一人一人の事情にいちいち構ってらんないとかあるけどさ、慎吾んちは違うわけ?」
「いや、うちも似たようなモンかな」
 小学校の頃から野球を続けてきた島崎は、当然のことながら大事な試合に負けた経験も数多くある。家族であればその空気を共有してきた回数も同じだ。
 確かに今回の負けは今までで最大の――取り返しのつかない悔恨を残す試合だったけれど、それをわかっていて特に何も触れてこない家族は正直ありがたかった。

「じゃあ誰がひっかかってんの?」

「……え?」
「俺の家の非道な行為を羨むほど、誰かに苛ついたってことじゃないの? ――もしかして、彼女とか」
「……っ」
 島崎の肩がビクリと揺れた。山ノ井の表情は変わらない。そのことに妙に安堵感を覚えつつ、島崎は苦い吐息を吐き出した。そもそもその話を聞いてもらおうとわざわざ一時間も待っていたのだ。
「もう『彼女』じゃねえよ。ついさっき別れてきたから」
「そか」
「アイツに悪気がないのはわかってんだけど、あれ以来腫れ物に触るような扱いが我慢できなくてさ」
「うん」
「全部俺のせいにしていいからゴメン!つって、逃げてきちまった」
 はは、と自分でもわざとらしい乾いた笑いを漏らす。
 彼女の信じられないモノを見るような怯えた瞳が脳裏に甦って、胸がキリリと痛んだ。けれど、もう何もなかった頃の状態に戻るのは不可能だと、島崎自身よくわかっていた。
 ああ、桐青がせめてあの西浦との試合に勝っていたら、こんな結果にはならなかっただろうか。
作品名:輝ける星 作家名:せんり