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花は枯れ、また咲くというのなら

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俺は、生きていてもいいのだろうか。

ふとした瞬間に、そんな疑問が頭を過ぎる。
その度に俺は、二人の笑顔を思い出してそんな考えを追い出していた。
俺の命は、彼らが守ってくれたものだから、失うわけにはいかないのだと。
周りには支えてくれる家族と仲間がいるのだからと。
それがどれだけ尊く、幸せなことか、今の俺は知っている。

それでも、その問いはいつだって俺から離れてはくれなかった。
だから星痕症候群の痣が現れた時、恐れよりも納得が勝って…

そして俺は、どこかで安堵していたんだ。





静かな空間は、あの時と同じように穏やかな光で満ちていた。
石造りの室内にステンドグラスが淡い色彩を放ち、中央には力強く咲き誇る花…変わっていないとクラウドは目を伏せた。今尚どこか薄暗い影を感じさせる世界で、ここだけはあの時からずっと色が溢れている。
彼女の面影が、一番に色濃く残る場所。
(ここに来るのも、久しぶりだな…)
一歩を踏み出すとあの時と同じ音が響き、花畑の隣に腰掛ければ甘い香りがふわりとクラウドを包んだ。
そのやさしさに、ふっと身体の力が抜ける。
ここは、彼がくつろげる数少ない場所だった。心が波立つ時、負の感情に押し流されそうになる時、一人になりたくてでも独りではいたくない時、引き寄せられるようにこの教会に足を運んだ。彼女や彼が見守ってくれていると感傷的になるつもりはなかったが、不思議と落ち着くのだ。
今日も、花を眺めながら深呼吸をすると、先程まで絡まり続けていた思考がするりと解けていくのを感じた。
やがてまっさらになったそれを一握掬い取り、ティファやデンゼル、マリンを思う。
彼らの言い分は正しい、と思う。
けれど、クラウドにはどうしてもそれを素直に認められなかった。
死にたい、と思ったことは無い。自分の命が多くの、大切でかけがえの無い存在の上に成り立っていることは痛いほどにわかっている。かつてこの教会にいた、この花畑の主もその一人だ。彼女の身体を水葬した感覚は、今でも違えることなく思い出せる。
だからこそ、クラウドの心の底から消えなかった感情がある。
エアリスを、そしてザックスを救えなかったという罪悪感。
二人ともクラウドを救う為に、その命を懸け、そして死んでしまった。自分は二度とも手が届くところにいたはずなのに、ただ見ていることしかできなかった。あの時自分が動けていたら、一歩踏み出せていたら、彼らは死なずにすんだかもしれない。
無意味な仮定だと人は言うだろう、だがクラウドにとって彼らを失った喪失感は大きすぎて癒えることなどない。未だ埋まることのない虚空が、クラウドの心を蝕んでいた。
それ故に、納得してしまったのだろう。
星痕症候群、その印の痣が浮かんだ時彼の中で恐れと共に、いやそれ以上に納得と安堵があった。『あぁ、やはりあれは罪だったのだ。だから今、こうして罰が与えられたのだ』と。
(そんなこと、思っていいはずはないのに…)
思った後に、そんな思考に至った自身をクラウドは嫌悪した。
確かに彼らの死は悔やんでも悔やみきれない過去だ。救えたら、夢だったらと何度願い祈ったかわからない。それでも彼らが戻ってこないのは絶対的な事実であり、クラウドは現実を見つめなくてはならないのだ。彼が今ここで生きているのは、紛れもないその『彼らの死』の延長線上なのだから。
二人が守ってくれた命を、簡単に投げ出せるはずがない。
生きていていいのかという罪の意識と、彼らの分まで生きようとする思い…その二つに挟まれてクラウドは答えが出せないでいた。
「俺は、どうしたらいいんだろうか…」
繰り返す思考のループの中で、クラウドの精神は疲れ始めている。
こんな不安定な自分を家族や仲間には曝け出せなくて、逃げるように結局ここを選んだ。
どこかで、彼女なら答えをくれるかもしれないと、望んでいるのかもしれない。
「エアリス…」
祈るように名を呟いて、ゆっくりとクラウドは目を閉じた。


とん、と軽い重みを背中に覚えて顔を上げた。
「久しぶり、だね」
人の気配を感じなかったと隣の剣に伸ばした手が、その声にぴたりと止まる。
聞こえるはずのない、もう一度と望み続けていた、音。
「エア…リス……?」
「ふふ、クラウド驚いてる」
くすくすと笑っているのが背中から伝わってきて、触れている熱が確かな存在をクラウドに示していた。寄りかかられているので首だけを僅かめぐらせると、懐かしい春のピンク色が視界に映る。
(あぁ、間違いない)
エアリスだ、と思わず泣きそうになって上を向いた。
「この間はお花、ありがとね」
「ああ」
「本当に何でも屋さんになっちゃったから、ちょっとびっくり」
エアリスの特徴的な話し方が、懐かしい。もう聞くことは出来ないと思っていたから、もうそれだけでこれが夢であろうと現実であろうとどうでもよくなった。
「それしか思い浮かばなかったんだ、ザックスとの約束…だったし」
「喜んでた、ザックスも」
でも私はちょっと心配、とエアリスがおどけた声を出し、クラウドはこっそりと苦笑を浮かべる。
会った当初も何でも屋という自己紹介に驚かれたと思い出したのだ。それももう、だいぶ遠い記憶となってしまった。
「それで、その何でも屋さんは教会で何してるのかな?」
同じようにいたずらっ子のような調子でエアリスが尋ねる。それは疑問系ではあったけれど、全てを知っている響きだった。
いつだってそうだったけれど、クラウドの悩みなどエアリスにはきっとお見通しなのだ。
「敵わないな、エアリスには」
小さく溜め息を吐きながらクラウドが言えば、あははとエアリスが朗らかに笑う。
「クラウド、わかりやすいもの」
「そうかな」
「そうだよ」
「でも、答えは教えてくれないんだろ?」
「うん」
あっさりと頷かれ、少しだけ肩を落とす。
彼女なら答えをくれるのではないかと望んではいたが、同時に簡単に答えを教えてくれる人物でもない。それが本当に必要かどうか、見極めるのがエアリスはうまかった。
「やっぱりな」
「クラウドが答え、出さなきゃね」
「あぁ…わかってる」
自分で答えを見つけなければならないと、覚悟を決める。
それは酷く遠い道のりに思えたけれど、絶対に見つからないはずはないのだと思えた。 2年前、確かに自分は答えを見つけ出したのだから。
「ありがとう、エアリス」
「どういたしまして。…ね、クラウド」
「なんだ?」
「クラウドの大切なもの、何?」
「俺の、大切なもの?」
言われて首をかしげる。
ティファ、マリン、デンゼル、バレット、ユフィ、シド、ヴィンセント、ケット・シー、ナナキ…今までに出会った人々の顔が浮かんでは消えていく。亡くなった母親、ザックス、そしてエアリス。
そのどれもが大切で、忘れることなどできない。
「私はね、クラウドがクラウドらしく、いてくれたら嬉しいな」
やっと、会えたんだもの。
その声は、ぼんやりと遠くから聞こえて。
驚いて振り向くと、あの花のような笑顔が見えた気がした。


ふと目を開ける。
いつの間にか寝入っていたらしく、差し込む光がやや傾いていた。
膝に預けるようにしていた身体を起こし、大きく息を吸い込むと、やはり甘い香りが鼻をくすぐる。