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CherieRose ...1

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01.

 夢から現へと引き戻すのは、窓から射し込んで来る朝日でもなければ、優しく揺す振られながら掛けられる声でもない。無粋な鐘の音だった。
「お目覚めですか」
 のそりと体を起こすと同時に掛けられた、言葉。その声は思わず聞き入ってしまいそうなくらい耳に心地良いものだったが、声音はと言えば感情も何もあったものではない。
 優しく耳元で囁かれたなら再び睡魔に身を任せてしまうだろうが、味気の無い声ではただ現実を思い知らされるだけだ。
「遅刻など言語道断ですので、早くご支度をなさって下さいね」
 一目で年代物だと分かる銀色の懐中時計を見ながら、そっけなくそう告げられる。先程の鐘の音はあくまでも朝食の予鈴であり、起床を促すものではない。朝食の時間まで、あと二十分を切っていた。
「……っ起こせよ!」
「俺は貴方の執事でもなければ侍従でもありませんので。ご自分のことはご自分でなさって頂かないと」
 そう言ってアッサリと要求を却下した相手の方はと言えば、生徒のお手本と言っても良いような完璧な着こなしぶりだった。染み一つ、皺一つない制服に、綺麗に磨き上げられた白い靴。スカーフを留める釦にも、曇りなんて無粋なものは無い。それに、感情を窺わせない銀縁の眼鏡と、丁寧に櫛が入れられた金髪。
 何もかもが完璧と言う他なくて、時々これで年下なんて詐欺なんじゃないかと思うこともある。そして、自分が惨めになる。どうして自分は、こんな所に居るのだろう……と。
「少し、待っててくれ」
「先に出ていますから、用意が整ったら呼んで下さい」
 室内に備え付けられたクローゼットに向かうのと同時に、後ろで扉が閉まる音がした。いつもは慇懃無礼な態度ばかりとるくせに、こういう所は妙に律義なのだ。
 この学院に来て早一月、この制服にもすっかり慣れてしまった。学院の特質上、どうしても一般のそれよりも華美になりがちだが、それでも昔着ていたものよりは何倍も機能的で、中々気に入っている。
「どうだ?」
 最後の釦を留め、鏡で確認してから扉を開ける。見返してきたのは、冷たい蒼。何の感情も映さない、硝子玉のような瞳で上から下まで矯めつ眇めつされるこの時間が、一番嫌いだった。
「大変宜しいですね。何処からどう見ても立派な紳士ですよ。まぁ、少々背は足りませんが」
「それは俺の所為じゃねぇだろ……っ」
 僅か数センチの差ではあるが、自分よりも上にある相手の顔をきつく睨み付ける。とっくに成長期が終わってしまった自分とは違い、コイツはこれからもニョキニョキと馬鹿みたいに育って行くのだと思うと、八つ当たりと分かっていながらも無性に腹が立った。
 しかし、それにコンプレックスが刺激されるのは、何も悔しいからじゃない。ただ、この距離が寂しいだけだ。まるで、今の自分達の関係を表しているようだったから。
「この学院に来た時から、何度も言ってるだろう。名前で呼べって」
「俺も何度も申し上げていますでしょう。命令ならば、従いますと」
「……っ俺は……!」
 そんな風に願いを叶えたいわけではないのだと、どうして分からない。否、これは分かった上で言っているのだ。分かっていて敢えて、此方を傷付ける言葉を選んでいる。
「貴方を名前で呼ぶことは、俺の立場では許されざる行為です。御気分を害されたのならお詫びを――アーサー様」
 昔のように接してくれとは言わない。ただ、名前を呼んでくれるだけで良いというのに。けれどそんなささやかな願いさえ、彼は叶えてはくれないのだ。
「何、で……」
 一体何度、この遣り取りを繰り返したのか。今となってはもう、激情に任せて手を上げることも無くなった。どんな罵声を浴びせようと、どんな行動を起こそうと、そんなものは全て軽く流されてしまうだけだと分かったからだ。
 与えるものを全て受け止めて、そのくせ此方には何一つ返してくれない。望むものを、一つだって。
 どんなに訴えたところで、結局何も変わりはしないのだ。その、何と空しいことか。
「いけません、アーサー様」
 いつの間にか強く握り締めていた手を、優しく取り上げられる。まるで、硝子細工でも扱うこのような繊細さでもって。
 そっと開かれて露わになった掌には、爪が食い込んでしまった所為で微かに血が滲んでいた。
「今は時間の方がありませんので、失礼ながらコレで」
 丁寧に火熨斗が当てられた、皺一つ無いハンカチ。純白に一滴だけ蒼を垂らしたようなその色は、持ち主にとても良く似合っていた。そしてそれは何の躊躇いも無く、怪我をした手に巻かれる。
 きっと自分に何か危険が及んだら、一切の迷い無くその身を自分に捧げるのだろう。それが使命なのだと、さも当然のように言って。そんなこと、望んではいないと言ったところで、聞き入れもしないで。
 血も、肉も、命だって、惜し気も無く捧げるのだろう。本当に欲しいものは、何一つ与えてはくれないのに。
「念の為、休み時間に保健室に行って下さい。万一のことがあってはいけませんから」
「へえ、随分過保護だな。そんなに俺の体が心配か?」
「――当たり前でしょう」
「…………っ」
 向けられた瞳。真水よりも純粋なソレは、いっそ清々しいまでの忠誠心を宿していた。
 分かっていた、ことなのに、胸が小さく軋む音がする。言わせたのは、自分だというのに。
「そろそろ本当に時間がありません。急ぎましょう」
 この学院では、朝食と夕食の時間が決まっている。バスルーム等は一部屋毎に完備されているが、此処が学び舎である以上、ある程度の規則というものは当然存在する。それに違反する行動をとれば、罰則を与えられるのもまた当然だった。
「ちょ…っ待てよ、アルフレッド! 俺とお前じゃ、コンパスが違うんだから!!」
「しっかりして頂かないと困りますよ、アーサー様。貴方一人が悪くても、その責は同室の俺にも与えられるのですから」
 漸く止まってくれた足。走れば、追いつく。待っていて、くれる。
 でも、現実はそうじゃない。
 どんなに近くに居て欲しいと願っても、距離はただ広がって行くばかりだ。まるで、自分達の身長のように。
 時代は変わり、人も変わる。当たり前のことだ。環境の変化に対応出来なければ、あっという間に切り捨てられる。
 季節のように変わりゆく世界の中で、自分だけがいつまでも過去に囚われている。
 悲しくも美しい、あの秘密の花園の中に。

作品名:CherieRose ...1 作家名:yupo