A sunshiny shower
「ったく、お前らときたら。金がないわけじゃあるまいし傘くらい買えってんだよ」
ブツブツと文句を垂れるロックオンは、それでもどこか機嫌がよさそうだった。彼の傘に入れてもらいながら、刹那は撫然として黙り込む。
待ち合わせ場所に向かう途中だったという二人は、雨が止むのをただじっと待っているだけだった刹那とアレルヤに思い切り呆れた顔を見せた。
傘を買いに行くなんて思いつきもしなかった。刹那にとって雨天に遭遇したときは、我慢して濡れるか、止むのを待つかの二択しかない。
アレルヤも同様だったのだろう。ティエリアに差し出された傘をそそくさと受け取りながら、恥じ入ったように頬を染めていた。
前を歩く二人の姿を見て、刹那は少し顔をしかめる。アレルヤの方が身長が高いから当然なのかもしれないが、あの荷物の量を見てなお傘を持たせるティエリアは、少し配慮に欠けているのではないだろうか。
刹那がじっと前方を睨んでいることに気が付いたのか、ロックオンがははと声を出して笑った。
「そんなに心配するなよ。大丈夫だ。あいつは自分が荷物を持ってる方が安心するんだとよ」
「別に……俺は何も」
「あれでティエリアが一つでも荷物を引き受けてみろ、三歩歩くごとに『やっぱり僕が持とうか?』の言い通しになるぜ?」
「――くわしいな」
「実際やられたことがあるかんなあ。それ以来本人の好きにさせてんだよ。代わりに後でたーっぷり労わせてはもらうけどな」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるロックオンは、いったいどんな労い方をする気だろう。刹那は嘆息して首をすくめる。
これまでロックオンとアレルヤという組み合わせを意識したことはなかったが、思っていたよりもずっと彼らは親しいのかもしれない。
ブリーフィングや訓練での会話を聞く限り、個人的なつきあいの深さを意識させるようなイメージはなかった。
軽口を叩きあう姿は確かに気心の知れた間柄のようだったが、あくまでマイスターとしての枠をはみ出すような関係ではないと思っていた。
――しかし。
刹那はさきほど疑問に思ったことを無意識に口に出していた。
「あんたがグローブを外すときはどんなときだ」
「……ああ? 何だ、どうしたいきなり」
「そのグローブは手を保護するためのものだろう? それを外す機会があるのか聞きたい」
唐突な要求を取り下げず同じことをくりかえす刹那に、ロックオンは面食らったようだった。さもあらん。
だが基本的に人がいい彼は深く追求せず質問の答えを探しはじめる。
「妙なことを聞きたがるヤツだな。……グローブを外すとき、ねえ。まあ当たり前だが風呂に入るときは外すぜ。んー、あとはメシを作るときもやっぱり外すな」
「……スナイパーが庖丁を握るのか」
「お、何だ心配してくれんのか、嬉しいねえ。安心しろよ。俺は案外器用なんでね、トマトの代わりに指を刻んだりしたことはねえよ」
「心配しているわけじゃない」
自分に都合よく話を持っていくロックオンをじろりと睨んだが、彼はうかれた調子で「何なら今度お前の髪をカットして証明してやろうか。上手いもんだぜ」などとウインクしてくる。
口で適う相手ではないのだ。そういう人物には反応しないことが一番である。刹那はむっつりと黙り込んだ。
質問の答えはもらったのだから、もういい。アレルヤも料理は得意だと聞いたことがある。二人で並んで食事を作ったとか何とかそういうことだったのだろう。
一人で納得して話を締めくくったつもりの刹那だったが、ロックオンはまだ思考を巡らせていたようだ。「あとは、そうだな……」と続けられた声があまりにも穏やかなことに驚いて、刹那は思わず彼の顔を見上げた。
ロックオンはさきほどのアレルヤと同じく、真っ直ぐ前を見つめていた。そこには重い荷物を抱えて傘を差し、ティエリアが濡れないよう気遣うアレルヤの姿がある。
ロックオンの口元がふっと優しく綺麗なカーブを描いた。
「あとは好きなヤツに触れるとき……だろうな。どうしたって素手で感触を確かめたくなる」
その言葉が、誰を指し示してのものだったのか、刹那には正確にはわからない。親の愛を自らの手で断ち切り、以来誰との関わりも拒否してきた自分には理解できないものなのかもしれない。
けれど、彼らの間に何か温かいものが流れていることだけは事実なのだと思う。それはわかる。
そしてその繋がりを見つめようと目を懲らすと、何故か冷えきっていたはずの刹那の心にも、ほんのりと小さな明りが灯るような感覚があった。
この不思議な温かさは何だろう。
二人をずっと見つめていれば、いずれその答えにたどり着けるだろうか。
刹那は俯いた姿勢のまま、少し唇を歪めた。その表情はロックオンが浮かべた笑みによく似ていたが、それを目にした者はいなかった。
傘を叩き続けていた雨がぽつりぽつりとその威力を弱め、やがて雲の隙間から太陽が顔を覗かせる。
温かい光の道筋は刹那の胸へとまっすぐ降りてくるようだった。
作品名:A sunshiny shower 作家名:せんり