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A sunshiny shower

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 刹那はもう一度視線を上げ、雨に煙る灰色の空を苦い思いで見つめた。止む気配は一向にうかがえない。
 いっそランデブー・ポイントのカフェまで走っていってしまいたいが、荷物の中にドクター・モレノ所望の紙媒体による医学書が含まれているためそれも叶わなかった。
 あきらめてずり落ちそうな荷物を抱え直す。
 すると、隣りの男が「あっ」と声を上げた。そしてわずかに身をかがめ、手を差し延べてくる。
「そっちの荷物、僕が持とうか」
「……っ!? 必要ない!」
 伸ばされた手を慌てて振り払った。
 彼は只でさえ刹那の倍近い量の荷を一人で抱えているのだ。しかも重量のあるものばかりを選んで引き受けている。たとえ本人が平気だと言っていても、これ以上持ち分の差がつくのはごめんだった。
 余計なことを言うなとばかりにきっと睨みつける。だがアレルヤはそれに気付かず、振り払われた己の手をじっと見つめていた。そして、ううんと困ったように首を傾げる。
「――? どうした」
「刹那の手、ずいぶん冷たかったなと思って」
「……お前の手も似たようなものだろう」
 一瞬だけ触れた手は、雨に打たれて氷のようだった。彼は体が大きく、しかも山のような荷を抱えているため、どうしても軒下から拳がはみ出してしまうのだ。
 指摘すると、彼はそうだねと頷く。
「だから君の手を温められない。……困ったな」
「別に俺はっ」
「ここにいるのがロックオンだったら良かったんだけど」
「……ロックオン・ストラトス? 何故ヤツの名が出てくる」
 訝しげに聞き返すと、アレルヤはにこりと笑った。その笑みはどこか誇らしげでさえある。説明できることが嬉しいようなそんな表情で彼は告げた。
「ロックオンの手はとても体温が高いんだ。一年を通してね。だからこんな雨の日でもきっと温かさを保っているはずだよ」
「……そうか」
 いくらロックオンの手が温かいからといって、彼に手を握ってもらうなどぞっとしない。
 改めてチーム編成が別でよかったと思った。なにせ喜々として握りしめてきそうな男だ。
 思わずその情景を鮮明に想像してしまい、刹那は不快げに眉をひそめる。だが彼の姿を思い出すと同時に、ふとある疑問が頭にわき上がった。
 ロックオンはいつもその手をグローブで保護していたはずだ。
「――なぜ知っている」
「え?」
「あの男は常にグローブを装着している。少なくとも俺は冷たい皮の感触しか知らない。なぜ手の温度を知っている?」
「……っ!」
 そこで本日初めてアレルヤの体が震えを帯びた。それはおそらく寒さによるものではないのだろう。
 随分と大きな反応を引き出してしまったことに、刹那は逆に戸惑いを覚えた。何か機密事項に触れてしまったのだろうか。
 だが、数秒の沈黙の後、アレルヤはとりたてて焦った様子もなく口を開いた。
「彼とは君より少しばかりつきあいが長いからね。いくら手を保護しているといっても、まったく素手を晒さないわけじゃない。きっと刹那もそのうち彼の手の温かさを知る機会があるさ」
「俺には必要のないものだ」
 別に刹那はロックオンの素手に触れたいと言った覚えはない。子供をあやすような言いぐさにカチンときて顔を上げる。
 アレルヤは、口調の柔らかさとは打ってかわって、静かな表情でまっすぐ前を見ていた。
 それにわずかな違和感を覚える。刹那の知る限り、彼は人と話すときは相手の顔を見るタイプだった。まるでそうしないと言葉が通じないのだとでもいうように、真っ直ぐ真摯な瞳で相手を見据える。
 視線を伏せるのは困ったときと隠し事があるときくらいだろう。今は果たしてどちらなのか。
 アレルヤはじっと観察している刹那には気付かないようで、やはりじっと前を見つめたまま話を続けた。
「それにね、彼はプロのスナイパーだ。いざというときに凍えて指が動きませんでは話にならない。毎日指先の運動は欠かさないはずだよ」
 だから年間を通して手が温かいのだと言っているのだろう。
 理屈は通る。だが刹那にはそれが咄嵯に言いつくろった言い訳のようにしか聞こえなかった。

 ――逸らされた彼の瞳を覗きこめば、何かわかるかもしれない。

 刹那にしては珍しく、真実を追究したいという情熱が先走っていた。彼の目を引き寄せるべく呼び掛けようとしたとき、アレルヤがハッと目を見開いた。
 次いでその顔がふわりと柔らかい笑みで彩られる。視線の先を辿ると、そぼ降る雨の中、傘を差した二つの影がこちらに近付いてくるところだった。
「ロックオンとティエリアだ、刹那」
「ああ、見えている」
 アレルヤがやや興奮したような面持ちで刹那を見下ろす。
 やっと視線が絡んだが、彼の瞳には既にやましさの欠片もうかがえなかった。刹那自身、自分が何を知りたかったのかもうわからなくなっていた。
 おそらく下らない好奇心だったのだろう。気持ちを切り換えて二人が歩いてくるのを待った。
作品名:A sunshiny shower 作家名:せんり