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兄妹のはなし

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「これは……もしかして俺か?」
 トイレから戻ってくると、鬼道が並べられた雪だるまのうちの一体を呆然と見上げていた。目金はふふんと鼻を鳴らし、得意げに答える。
「もしかしなくてもキミですよ、見たらわかるでしょう。ゴーグルの部分などはヒジョーに苦労したんですからね」
 白恋中の雪野に、鼻水をつけられるのを我慢しながら、役立ちそうなアイテムを探してもらったのだ。おかげで満足のいく仕上がりだが、目金のジャージは洗っても洗ってもカピカピの部分が消えない。背筋に走った寒気は濡れた袖口のせいばかりではないだろう。
 脳裏に浮かぶ雪野のぽやんとした顔を振り払い、目金は腰に手を当てて胸を張った。
「キミたちが雪合戦などという野蛮な遊びをしている間、ボクと壁山くんは芸術作品の制作に勤しんでいたというわけです」
「なるほど。よく出来ている」
 くるりと視線をめぐらせながらつぶやいた声には、素直に感嘆の念がこめられていた。彼はお世辞を言うような人間ではない。目金は満足する。
 もっと褒めてもいいんだぞといわんばかりに見つめていると、鬼道はやさしい手つきで雪だるまのボディをなぞり、ふっと表情をゆるめた。
「雪だるまか、懐かしいな。むかし春奈が、作った雪だるまを家につれて帰るといってきかなかったことを思い出す」
「へえ、なかなか可愛らしいエピソードじゃないですか。それはキミたちが一緒に暮らしていたころの話ですか?」
「ああ。俺は鬼道の家に引き取られてからはあいつとの接触を絶っていたからな」
 頷く鬼道を見て、目金はふむと顎に手を添えた。


 彼は事も無げに言うが、彼ら兄妹の境遇は驚くほど過酷なものだ。
 目金の好きなアニメやゲーム作品には同じような設定持ちがいることもあるが、彼らがその苦しみを跳ね除けて前へ進めるのは、それが虚構の存在だからだろう。もし自分が鬼道と同じ立場だったとしたら、きっと毛布をかぶったままいつまでも一人泣いている。
 ――ひとり。
 それとも彼がくじけなかったのは、一人ではなかったからだろうか。妹の存在がそれほど心の支えになるのだろうか。目金にはよくわからない。自分にも同い年の弟がいるが、ヤツのために自分の何かを犠牲にしてまで手を差し伸べるなどと、考えることも出来ない。
 目金が一番大事なのは自分で、自分の目的のために日常の時間をフルに使っている。利害の一致をみれば弟のために動いてやるのもやぶさかではないが、そんな瞬間はめったに訪れなかった。うっとうしいと思うときも、憎らしいと思うときも、少しかわいいかなと思うときもある。けれど目金にとって兄弟とはそれ以上の存在にはならなかった。

 鬼道にとっては違うのだろうか。

 聞いてみたい、と思うと同時に口から彼の名が流れ出ていた。
「鬼道くん」
「なんだ」
「いくら妹でも、何年も会わないでいたら気持ちが冷めたりしないものですか? 途中で諦めて自分のためだけに生きていくとか、ボクだったら考えてしまいますけどねえ」
 目金がそう言うと、鬼道はぽかんとした表情になった。
 本日は見事な快晴。真っ白な雪に反射した日の光のおかげで、ゴーグルの中までがよく見通せる。
 見開いていた瞳がゆるゆると細められていき、彼はやがてくつくつと笑い声を立て始めた。
 珍しい、と思う。鬼道は声を立てて笑うことは少ない。
 だが、目金は笑われるのが嫌いだった。そちらの気持ちが勝って、ムッとしたまま「なんですか!」と突っ込むと、彼はやっと笑いを納めた。
「聞きにくいことをズバッと聞くやつだと思っただけだ」
「それは失敬。気に障りましたかね」
「いや、かまわない。その率直さはどことなくうちのキーパーを思い出すな。あいつも歯に衣着せぬというか、鋭く俺に切り込んでくるやつだった」
 その物言いに目金は首をかしげる。
「キーパーというと……円堂くんのことですか?」
「ああ、すまない。帝国のキーパーだ」
「なるほど」
 もちろん鬼道にとって円堂も「うちのキーパー」であることに変わりないだろう。けれど、今の言い回しは目金と共通の知り合いを指して話しているようには聞こえなかった。帝国のといわれて納得する。
「だが……そうだな、円堂にもそんなところがあるな」
「そうですかああ?」
 円堂が鋭く切り込むタイプには思えず、うっかり声が裏返ってしまった。鬼道がふっと、今度は彼らしい笑みを唇に乗せる。
「ただし円堂の場合は天然だ。源田はわかっていてつっこんでくるから、そこが違うな。要はどちらもおせっかいだということか」
「おやおや、面倒見がいいといってやってくださいよ。ゴールキーパー気質というヤツかもしれません」
「言いえて妙だな」
 今度は鬼道が納得したように頷いた。
 だが次の瞬間、ふと何かに気づいたようにその表情がこわばる。
「似たもの同士、か……」
 うつむいてぽつりとつぶやいた彼は驚くほど真剣な顔をしていた。
 似たもの同士とは円堂と帝国の源田とやらのことだろうか。彼らが似ていようといなかろうと、考え込むようなことには思えない。目金はめんくらって尋ねる。
「どうしました?」
「俺は春奈のことを諦めようと思ったことは一度もなかった。あいつを守るためには手元に置かなくてはならないと、勝手に思いこんでいたからな」
「まあキミたちの境遇を考えると、それも一概に独りよがりとは言えませんよ」
「ああ。俺たちがこうして妹を必要以上に庇護しようとしてしまうのは、生きてきた環境のせいもあるだろう。何事もない平和な生活を送っている兄妹だったなら、もっと無関心だったかもしれない」
 そうですね、と相槌を打とうとして、脳裏に何かがひっかかった。鬼道はいまなんと言っただろう。最初の方だ、確か――
「……俺『たち』?」
「俺と、豪炎寺――だ」
「豪炎寺くん、ですか? 彼の名前がなぜここで出て……」
 目金はハッとして口をつぐむ。
 つい先日、キャラバンから降りた豪炎寺。彼がどうしてチームから離れたのか、今どこでどうしているのか、誰も知らない。そして誰もが彼の身を案じている。その表現方法は各自違っているけれど。
 確かなことは彼がチームを裏切るような性格では決してないということだ。今まで共に戦ってきた自分たちにはそれがわかる。なんらかの事情があったのだと察することが出来る。
 そう、事情だ。
 豪炎寺は以前、サッカーをすることを自分に禁じていた。それは妹を案じる思いから生じた自己ルールだったはずだ。あれほどサッカーを愛している男でも、妹の存在はさらにそれを上回る。兄のそんな行動を妹は望んでいなかっただろうに。
 要は豪炎寺を動かせるのは妹の存在ということ。
 それなら、今回も?


「鬼道くん、まさか豪炎寺くんは妹さんの……」
「真実は俺にもわからない。無関係ではないと推測はできるがな」
「いや、間違いないでしょう。理屈は通ります」
 目金は思わずこぶしを握り締めた。
「円堂くんやみんなに話しましょう!」
「……不確かな推測でチームを混乱させるのは賛成できない」
「ですが!」
「大丈夫だ。円堂も言っていただろう、豪炎寺は絶対に帰ってくる。そうしたら事情は本人に聞けばいい」
作品名:兄妹のはなし 作家名:せんり