As you wish / ACT5
臨也がこぎれいなまとめの言葉を口にしたなら、丁度そのとき奥のドアが開いた。唖然とした様子のままセルティが、扉の開く音に反応して振り返る。
奥の部屋から、新羅がひょいと顔を出した。続いて沙樹も出てきたので、どうやら終わったようだ。
「どっちでもいいんだけど男、運ぶの手伝ってくれる?そっちに寝かせるよ」
「ここって患者用のベッドないの?」
「あるわけないでしょ」
リビングのソファベッドを手際よくソファーからベッドに組み替える新羅を見て、それから帝人は無言で臨也へ目配せした。目が合って、軽く頷いた臨也が正臣を運ぶ為に隣室に入る。
「・・・驚いたな」
そんな様子に思わず呟いた新羅だが、その白衣のすそを控えめに引っ張られて視線をセルティに移した。文字の羅列が、『帝人君が臨也の飼い主だとか言うんだがどういう意味だ』と混乱を叫んでいる。
「セルティは知らなかったのかい?やっぱり、妖精と吸血鬼じゃ違うものなのかな」
「同じなわけないだろ」
答えたのは臨也だ。しかし、正臣を運ぶ為に隣室へ行ったはずなのだが。とがめるような視線を向ける帝人に肩をすくめて、
「自分で歩くって言うんだもん」
と大げさにため息をついてみせる。
「分かりました、臨也さんは邪魔だからどいててください。紀田君、僕が肩貸すから」
「えー」
「えーじゃない。っていうか、紀田君に嫌われても自業自得ですからね臨也さんの場合」
どいて!と邪険に扱われて、しぶしぶと道を明ける臨也は、痛そうに顔をしかめる正臣とそれに肩を貸す帝人の様子を、面白くなさそうにふてくされてみている。ゆっくりと移動する2人に、新羅がべらべらと経過を話した。
「出血多量だけど、命に別状はないから安静にしていればすぐによくなるよ。大事なところは傷ついてないから、案外すぐに楽になると思うんだけど。一応痛み止めと熱さましの薬を出すけど、ほかに何かある?」
「辛いっす・・・」
「それは我慢だ」
掠れた声で零された声は、あっさりと却下された。顔をしかめた正臣は、それ以上何も言わずにやっとでソファに倒れこむ。
心配そうに沙樹がその隣に寄り添った。
「・・・で?」
「わざとじゃないよ、これは本当」
「当然でしょう、わざと紀田君に怪我させたっていうんなら、2ヶ月絶食させます」
「・・・それ普通に俺死ぬと思うんだけどなあ。ほんとに容赦ないよね帝人君って」
俺がこんなに尽くしてるのに、なんて呟きつつ、臨也は正臣の手を握る帝人に後ろから抱きつく。ああ全く嫌になるくらい独占欲が強いから面倒だなこの人、と帝人は思った。
でも、親友の手を握っているこの手は離さないから。
「ふうん、本当に飼われてるんだね、臨也」
その様子を面白そうに眺めて、新羅は呟いた。
「昔から誰か一人に飼われるなんて絶対嫌だね、とか言ってたくせに」
「帝人君は特別」
「・・・ってか、それ、なんなんですか」
不意に正臣が呟いたので、その場に居た全員がいっせいに正臣を見た。熱で辛いのだろう顔に少しの驚きを滲ませつつ、正臣は続ける。
「飼う、って、どういう・・・?」
その質問には、帝人が反応する。
「あー。うん、そうだよね。僕だけ全部知ってるのは、フェアじゃないか」
そう、考えてみれば帝人は臨也を通して正臣の所業を全て知っている。・・・いや、ほぼすべて、と言い換えるべきだろうか。それに比べて、親友である正臣に言っていないことはあまりに多い。
帝人は脳みそを高速回転させて考える。どこまで言うべきか?どの程度なら親友は納得するか?ダラーズのことはできればいいたくないが、そうすると親友が黄巾賊を率いていた事実を知っている自分はずるいだろう。吸血鬼のことは・・・仕方がない、それは全部言おう。
計算は瞬く間に終わり、帝人は息をつく。
「えーっと、紀田君も気づいているとは思うけど、臨也さんは人間じゃないんだ」
真顔で切り出した帝人に、沙樹と正臣がそっくりな顔でぽかんと口をあける。恋人同士って付き合っていると似てくるって本当なんだな、と帝人は思った。
「まあ良く考えてみてよ。普通人間は赤い目はしてないでしょ」
「か・・・カラコンとか?」
「入ってないよ、これで裸眼」
「・・・」
マジか、とでも言いたげに、正臣が臨也を睨みつける。まあそりゃ気持ちは分かるけど、セルティさんのような妖精が存在するんだから、吸血鬼だって存在しておかしくはないじゃないか。っていうかセルティさんが一番驚いているのはなんで。
視界の隅で、セルティは新羅にしがみついて震えていた。
「えーと、続き、いい?」
「・・・おう」
「まあ端的に言うとね、この人吸血鬼なんだよね」
「はああああ!?」
吸血鬼。
伝説上の生物。
処女の生き血をすする怪物。
十字架と朝日とにんにくが苦手。
一般的な知識として有名なのはそういうことだろう。
「でもそんな純血種なんか世界中探したってかろうじて二桁いたら奇跡じゃないの。折原の一族みたいに、混血に混血を繰り返して大分特性が薄れている存在なら、それなりにいると思うけど。まあ最近は便利だよ?血を欲しがる奇病が実際にあるって医学的に認定されちゃったからさあ。ま、それで分かったと思うけど、俺がシズちゃんとやり合っても死なないのは、バケモノの血のおかげ」
最初に帝人に出会ったときにしたのとほとんど同じ説明(+α)を、臨也がてきぱきと話せば、正臣と沙樹とセルティがようやく納得したような雰囲気になった。
新羅に至っては学生時代から知っていて、緊急時に輸血用の血を分けてもらったりしていたらしい。
「まあそういうわけで今、僕が血を飲ませてあげてるってわけだよ」
「あ。吸血鬼が処女の生き血しか吸わないと思ったら大間違いだからね。その気になれば猫やネズミの血だって吸えるよ。へんな病気持ってそうだけど」
一通りの説明を終えて正臣を見れば、彼は難しい顔をして帝人を見つめている。大体、言いたいことは分かる。長年の親友だもんね。まず、なんでそれが帝人じゃなきゃいけないんだってことと、それから、一番言いたいのはきっと、なんで死にかけてる人間なんかそもそも拾ったんだよ、か。
「・・・紀田君、言いたいことは分かってるから」
帝人が渇いた笑いを零して目をそらしたら、明らかに怒って正臣は怒鳴った。
「分かってるから、じゃねーよ!あれほど言ったじゃないか、妙なことには関わるなって!」
怒鳴ってから急にむせて咳き込む正臣の背中をなでながら、帝人はため息をつく。本当だ、そもそもあの時臨也を拾わなかったら、こんな非日常には全く縁がなかっただろう、自分は。帝人はそこまで考えて、やっぱり拾ってよかったとも思った。
「でも、おかげで紀田君が生きてる」
揺るぎない微笑みを向けられて、正臣はひるんだように口を閉ざした。
臨也と言う人間は好きではない。その人間を敵に回すことは破滅を意味する。だがそれは逆に言うなら、味方にすれば頼もしいという意味でもあるわけで。
「ねえ、臨也さん」
帝人と言う人間は奥が深い。幼馴染で親友の正臣にさえ決して触らせない一線を持っている。その一線を、もし臨也が超えているというのならば。
「紀田君の無事が欲しいんですけど、どうにかしてくださいよ」
作品名:As you wish / ACT5 作家名:夏野