I love youにアイを込めて
電話が鳴ってから一時間後。
すでにこちらに来ているという奴が指定したいつものバーに出向くと、店の隅で優雅にグラスを傾ける見慣れた緩いウェーブの金髪を発見した。
「おいそこの腐れ髭」
「やだアーサー、恋人に対する第一声にそれはないと思うの」
相変わらずの軽口叩きながら振り返ったフランシスはにこりと微笑んで、座ったまま何故か自分の隣の椅子を引いた。
何も言わずにそこに座り店員にいつものやつを注文してから、改めて横に座る男にちらりと視線をやる。奴は薄く微笑んだままグラスの縁を弄んでいた。
「なんか久しぶりだね」
「…たかが一週間だろーが」
「あれ、そうだっけ?」
長い間そのげじげじ眉毛見てなかった気がする、とくすくす笑いながら言われてため息をつく。珍しくも奴はすでにほろ酔い気味であるらしい。
今日は飲みすぎないでおこう、とこっそり心に誓った。
…まあ、それが守られたためしはないのだが。
「今日予定とかあった?」
「いや別に」
「そう。来てくれてありがとね」
「おー…ってか何でわざわざロンドンまで」
「会いたかったから、じゃ駄目?」
「……いや駄目じゃねえけど」
またくすりと笑ってからワインを干して、フランシスは目を閉じる。
注文したスコッチを受け取りながらそれを横目で見ていると――店員が去るタイミングを見計らって、奴は俺の肩に頭を乗せてきた。
「フランシス?」
「んー…」
「……どうした、ファニー」
めったに呼ばない――たとえば呼ぶのはそう、まれにこういう感じの雰囲気になったときとか、情事の最中とかである――恋人の愛称を呼んでやる。
一瞬驚いたように目を見開いた奴はふにゃりと笑って、再び目を閉じた。
「アーティ」
「何だ」
「……すき」
「そうか」
「だいすき」
「そうか」
額にそっと口付けてやる。くすぐったそうに身をよじらせてから、奴は尋ねてきた。
「……アーティは?」
「嫌いだったらこんなことしねえよ」
「…ありがとう」
ぱちりと開かれた青の瞳には、薄く涙の膜が張っているのが見えた。
ふんわり頬が緩むと同時に、ぽたり、落ちる水滴。
(―――あー…)
「だから、別れようか」
はにかむように微笑んだ奴の顔は、無垢な子供のように見えた――髭さえ目に入れなければだけど。
作品名:I love youにアイを込めて 作家名:あさひ