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謂れなき中傷

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 王子さんのふりをして山賊稼業をやっていたのが、あれよあれよという間に王子さんの影武者になっちまったのが、ついこないだ。
 そうなると自然、王子さんと接する機会も増えて、いつの間にか王子さんも遠出のメンバーにオレを入れてくれる機会も増えた。
 仲良くなった、って言うんだろうか。気がつくといつも一緒にいるようになっていた。よくよく考えてみれば王子と乞食もどきで、あんまりにも釣り合わない取り合わせだってのに、同じ顔だからか、気にもしていなかった。それに、なんとなく一緒にいられることがうれしくもあったし。
 けれどもそんな生活が、しばらく続いたある日のこと。とあることが、あったのだ。
 その日、オレたちはレルカーにいた。レルカーはあの不良騎士の故郷で、オレが入る直前くらいに王子さんの軍に参加するようになったのだという。
 東、中央、西の中洲があって、西はいろいろあって焼け出されて、復興はまだ進んでいないらしい。が、王子さんはその西の中洲に用事があったらしく、一軒の元防具屋に向かっていく。その間レルカーを見て回りたい者は好きなようにしていいと通達されたから、各人思い思いに好きな場所へ散っていった。オレはといえば、高い防具なんかよくわかんねーし、かといって他に特にしたいこともなかったから防具屋の前で一人ぶらぶらしていた。
 そんなところを、ふと道の向こうにたむろしていた町の連中が、こちらをちらちら見ているのに気づく。最初はオレの顔になにかあるのかと思ったが、雰囲気を見ているとちょっと友好的ではない。
 むしろあざ笑われているのだと気づいて、呆れた。どうせ王子といるのがこんな小汚いガキっていうので笑っているのだろうと当たりをつけて、気にしないことにする。王子さんと行動を共にするようになる前から、良くあったことだ。何も知らない連中が王子と自分とを比べてその違いをあざ笑う。以前なら腹も立てたが、今となればばかばかしいだけだ。
 だが、ふと聞こえてきたことがロイの注意を引いた。
「毎回影武者を連れ歩かなければならないとは、あの方はよほど臆病者らしい」
 はっとロイはその連中を見上げた。
 聞こえたらどうするんだと仲間を咎めるもの。聞こえやしないと笑い飛ばすもの。だが、どれも自分と、そして店の中にいる王子さんを見て笑っていた。
 その視線に気づいて、いきなりかっと頭に血が上った。自分でも思ってもみないうちに身体が勝手に動いていた。
「てめぇら、さっきから聞いてりゃごちゃごちゃうるせぇんだよ!!」
 一人が背後に迫った人の気配に振り返る。その顔に、思い切りオレは拳をたたきつけてやった。
 男が突然の衝撃に吹っ飛んで、派手な音と共に、向かいの店に立てかけてあった建材を巻き込んでひっくりかえった。
 その脇で一瞬呆然としていた別の男が、ようやく血相を変えて仲間の仇とばかりにつかみかかってくる
「てめぇ、いきなりなにしやが……!」
「るせぇ!」
 ただ一言で、その男を逆に投げ飛ばし、続けざまに襲い掛かってきたもうひとりに三節棍を抜き放って思い切りその横面に殴りつけた。
「誰が、臆病だ! アイツの何も、わかっちゃいねぇくせに!」
 転がった一人が怒りに満ちた顔で起き上がった。その手に角材をつかんだのを見て、三節棍で身構える。
「ふざけてんじゃねぇぞ、このクソガキ!!」
 角材が唸りを上げて襲い掛かってくる。だが、所詮素人。楽に避けて、あと一発で叩きのめしてやろうと思った。
「ロイ!!」
 いきなり響いた声に思わず身体が強張った。けれど角材は唸りをあげて目の前に迫る。ヤバイと思った瞬間目を閉じていた。
 次の瞬間、別の何かが空を薙ぐ音が耳に飛び込んだ。衝撃は襲ってこない。恐る恐る目を開けると、見事に真っ二つになった角材が綺麗に弧を描いて宙を舞っていた。
 誰かと目を見張って振り返ると、金色に閃く鮮やかな太刀筋。鋭く描かれた軌道の向こうで、そいつはにやりと笑った。
「うちの王子とロイ君の悪口言ってたのはどこの誰かなぁ? 知ってる? アレックス〜?」
 にこやかな笑みを浮かべたまま、角材の切れ端を握った男に切っ先を突きつける。男は震え上がり、迫る笑顔の恐怖から逃れようとロイに叩きのめされた男をびしりと突き指した。
「他には?」
 さらに切っ先が男の眼前に迫る。
「わ、悪かった、カイル! ただの軽口のつもりだったんだ! た、助けてくれぇっ!」
 震え上がる男に、ようやくカイルは切っ先を引いた。その剣が鞘に収められるのを見て、男はへなへなとその場にへたり込む。そんな男の前に、ファルーシュが進み出て、手を差し伸べた。
「申し訳ありません、うちの者が粗相を働いてしまったようで。お怪我の方は大丈夫ですか?」
 つい今さっき自分のことを否定していたのを聞いていたのだろうに。ファルーシュはあくまでにこやかに男を支え、伸びている別の男を介抱する。
 何で、そんな奴らにそんな風に接するのか。
「何、して……!」
「ロイ」
 そんな奴らのことなんて放っておけばいいだろうと、また沸きあがった怒りに任せてはき捨てようとした。その先を、静かに王子に制される。
「いきなり殴りかかるなんて、どういうことだ? この人たちに謝れ」
 いつにない、高圧的なその態度に、一層頭に血が上る。いや、むしろ逆に冷めたのかもしれない。ただ、ファルーシュの言葉が胸に重く響いた。きつく握り締めた指先が手のひらに食い込んだ。
「誰が!」
 はき捨てるようにして、駆け出した。背後で王子とカイルに呼び止められたが、聞く気もなかった。そのまま、ロイは一人で本拠地に戻った。
 悔しかったらしい。自分はファルーシュのためにと思ってやったのに、逆にそれはファルーシュの立場を悪くさせた。それに気づけなかった自分が悔しかった。
 自分はダメだ。感情に任せてファルーシュの立場を考えられない。やっぱり自分は、アイツの隣にふさわしくない。自分がいれば、また今日のような中傷にも遭遇するだろう。影武者失格。
 誰にも会いたくなくて、一人で部屋にこもろうと思った。なのに、その部屋の前に、瞬きの手鏡を使ったのだろうファルーシュが、仁王立ちして待ち構えていた。
 慌ててきびすを返そうとして、失敗する。振り返る前に、強い力で引きとめられた。
「ロイ、話がある」
「オレは聞きたくない」
「聞きたくなくても聞いてもらう」
 いつもならそんな強引なことはしないはずなのに、ロイは王子によって自分の部屋に引きずり込まれた。抗いようもなくて、黙って寝台の隅に座らされる。その向かいに、ファルーシュが座った。顔を合わせられなくて、押し黙ってうつむいていると、ファルーシュがくすりと笑った。
「怒った?」
 あまりに軽い物言いに、逆に呆れてロイはファルーシュを見上げた。
「さっきはごめん。それとありがとうね。ロイが怒ってくれたから、ぼくもすっきりした」
 そう笑うファルーシュはむしろ清々しいくらいで。ぽかんとしてそれをみつめていると、ファルーシュが不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの? もしかして、ホントに怒らせた? ご、ごめんね……。でも、あの場じゃああするしかなくて……」
作品名:謂れなき中傷 作家名:日々夜