謂れなき中傷
しょんぼりと、肩を落としてへこむファルーシュは、先ほどの威厳の塊みたいな態度とは全然違う。
「いいのかよ、レルカーのやつらとか、文句言ってくるかもしれないし……。やっぱ、オレ、ここにいるのは間違って……」
だが、そんなことを呟いた瞬間。ファルーシュの表情が冷たく凍りつく。それからにこりと笑ったファルーシュは、恐ろしいくらいに冷ややかだった。
「ロイ、そんなことで悩んでいたの? それ以上、言ったらぼく、怒るよ?」
ごくりとロイは生唾を思わず飲み込んだ。
そんなロイに、又ファルーシュはふわりと笑む。
「ロイが殴ってくれてなかったら、僕が殴ってたかもしれない。あれじゃロイを中傷してると同じだ。そんなの、許せなかった」
「王子さん……」
そう言うファルーシュは、まるで自分のことのように、怒りをあらわにする。それがなんだか嬉しくて、照れくさかった。
「ロイは、ぼくの大事な友達なんだ。あんな口さがない人たちの言うことなんて、真に受けなくていいんだよ」
最後にはそう念を押すように言って、ファルーシュはそろそろ行くからと部屋を出る。
にこやかに立ち去っていくファルーシュが、嬉しくて、可愛らしくて、愛しかった。や、男に可愛らしいってのは間違ってると思うが、それ以外に適当な言葉が見つからなかったのだ。
「でも……」
扉の向こうに消えたファルーシュの姿を想い、ため息をつく。
「お友達、かぁ……」
どさりとベッドに両手を広げて身を投げ出して、苦笑した。嬉しくもあったが、少し寂しかった。
「けど、その方がいいよな……」
友達。それでいいじゃないか。むしろ、相手は王子だ、その友達なんだからもうちょっと喜べ自分。
けど、友達になったらそれ以上になりたい。そう思う自分がいる。
「あー、なんでオレこんな厄介なんだかな……」
好きだ。
とてつもなく、ファルーシュが好きだ。
でも、友達で満足しなければ。
まだ早い時間だったが、ロイは無理やり寝ようと思った。余計なことを考えるくらいなら、その方が良かった。
だが、このときまだロイはファルーシュのことを何も知りはしなかった。
ロイの部屋を出て、ファルーシュは唐突に廊下の片隅でうずくまった。その顔は真っ赤に染まっていた。
「と、友達だよね……」
ロイとのやり取りを思い出しあれこれとおかしいところは無かったかと思い悩む。
本当を言えば、レルカーでの出来事は、ロイが殴っていなかったら、ファルーシュが半死半生の目にあわせていたかも知れないのだから、今思うと恐ろしい。
最近、ロイのことになると歯止めが利かなくなりかけている気がするファルーシュだった。
「うー……まずいなぁ……ロイは友達なのに、別に、それ以上の……それ以上の……やましい、こと、なんて……」
ぽわわんと、ファルーシュの頭の片隅に何かが浮かんだ。
「うわぁぁ!!! 僕は一体何考えてるんだ〜〜!!」
ファルーシュは光速の勢いで駆け出した。
幸い、その絶叫は城の高度な防音構造により、誰にも聞かれることはなく、ファルーシュの威厳が損なわれることはなかったという。