Killertune
01 欲しがります、負けたって/半蔵門→日比谷(メトロ)
「納得いかない」
腕組みしてむすっとして、最大限不満を前面に押し出して口にした半蔵門の言葉に、一瞬だけ目を向けたのは有楽町だけで、東西南北はそもそもいもしなかったし、銀座は何かの本から顔を上げもしなかったし(どころかうるさげに髪をかきあげていた。けれど邪魔なら切ればいいとはさすがの半蔵門にもいえない、恐ろしすぎて)、日比谷は半蔵門が相当な実力行使に出なければ振り向きもしてくれないし、まあ丸ノ内は…期待するだけ無駄。実は千代田がちょっと「なに?」という顔をしてくれていたのだが、これは半蔵門がひどくて、千代田ってメトロ?都営じゃなかったっけ、と日々認識しているので振り向いてくれた相手としてカウントいなかった。ついでに副都心はちょっと得体が知れないので半蔵門の中で存在がスルーされている。今後の活躍に期待したりしてなかったり。
とりあえず半蔵門は、別に気が合うわけではないのだが、こいつなら勝てるかもというよくわからない理屈でもって、目が合った有楽町に近づいた。しかし有楽町は何となく嫌そうな顔をする。有楽町の癖に生意気ではないのか。
ちなみに、考えてみれば、半蔵門は有楽町と顔を合わせることはあまりない気がして、まあその理由たるや乗換えがどうとか線がどうとかですらなく、単に有楽町がほとんど宿舎になんかいないせいだ。一応永田町で繋がっている(ことになっている)けれど、あんまり顔も見たことがない。ワーカホリックといいたくなるほどの健全な彼は、同時に不健全極まりないことに乗り入れ接続相手の東上ホリックでもあって、そんなわけで時間を無駄にするのをよしとしない。少しでも時間があれば仕事したり東上のそばにいったり仕事したり東上のことを考えてイメージトレーニングしたりと彼の日常はほんとに忙しい、らしい。最後のやつは大分変質者というか不憫すぎるのだがいかがなものか。
…まあそんなことはさておき。
それを抜きにしても、案外色んなのとつながっていてあちこちに行っている有楽町は、実は地味に忙しい身なのは、確かに本当のことなのだ。
「なあ、有楽町」
「……なんだよ」
迷惑そうに顔をしかめる有楽町に何となく小気味よいものを覚えながら、半蔵門は思ったまま推敲することなく口にした。
「東武ってどうやったらうまくつきあえんの?」
色々絞って思ったまま口にしたらそんな台詞になった。聞かれた有楽町はといえば、…一瞬目を軽く瞠った後、今度は表情を消して目を眇めた。普段は愛想のいい風貌の、どちらかといえば明るい男であるだけに、そんな表情は珍しいものだった。あれ、と半蔵門は思う。こんな顔もするのかと。
「…それ、何が言いたいんだ」
淡々とした声は怒っているのとは違いそうだったが、取り付く島もないといったように冷たい。よりにもよって有楽町に、と半蔵門は面白くない。
「や、だって、有楽町って東武…なんだっけ、ほら、東上線か。ずーっと繋がってんじゃん?でも特にトラブルとかないんだろ?それってさ、どうやって転がしてるわけ」
有楽町はわずかに首を傾け、半蔵門を見ている。少しだけ威圧感を覚えつつも、半蔵門は構わず続ける。
「なんかコツとかあんのかなーって。ほら、やっちゃえば言うこと聞くとかさー」
なんかあんの?
と首を傾げる半蔵門には悪気というものがなく、しかし無邪気であれば許されるものでもなかった。有楽町は、目は笑っていない顔のまま口だけで笑った。そして、口を開く。
「半蔵門」
え、と間が抜けた顔で瞬きした半蔵門の顔に、冷たい笑顔を貼り付けたままの有楽町の右ストレートが見事に決まった。全くガードしていなかった半蔵門はそのまま後ろにひっくり返り、したたか頭をうちつける。
「言っていいことと悪いことくらい区別つけとけ!」
冷たく吐き捨て、有楽町はその辺にあった椅子を蹴っ飛ばしてどうにか納めると、それ以上は口にせず出て行く。どうせ仕事か東上だ。と、皆知っているが、同時に彼の真面目さに胸をなでおろしたりもする。どう考えても半蔵門が悪いのだ。一発殴って済ませただけでも有楽町の方がよっぽど忍耐強い。
「…きみはほんとに何がしたいのかな」
いてえ、と殴られた頬を庇いながら、頭がくらくらしてまだ起き上がれもしない半蔵門の頭の脇、銀座が溜息をつきながらしゃがみこんだ。なんだかんだで放っておけないと思ったようだ。だがどうせならもう少し早くそう思って欲しかった、そう思う半蔵門だからあまり事態は改善されない。
「…だって、納得いかねえんだもん」
口を尖らせれば、なにが、と困った様子ではあったが一応聞いてもらえた。
銀座は優しいのとは違うけれど、トラブルは好まない。だから多分聞いてはくれる。味方になってくれるわけではないにしても。
「だってさ。皆して日光ばっかりだ」
「…皆って誰と誰?半蔵門」
口調は穏和だが聞いてくることは意地が悪い。半蔵門は目を閉じて、不貞腐れた気分のまま口にした。
「伊勢崎ちゃんも、日比谷もさ」
「ふたりだけじゃない。それって皆って言わないでしょう」
ふふ、と笑う声はふんわりとしている。馬鹿にしているわけではないのだろうけれど、届かない場所にいる、ということを深刻に感じさせた。
「――ねえ、日比谷、半蔵門はこんなこと言って拗ねてるんだけど」
どう思う?
と、目を閉じた半蔵門の耳に届いてくるのは、さきほどからこの場にいるくせに無視を貫いている日比谷への問いかけ。なんて答えるんだろう、とほんの少しだけ思ったけれど、半蔵門は目を開けなかった。何となく答えはわかっている気がしたから。
「関係ないよ」
そっけない日比谷の声は冷たい。
日比谷は俺が嫌いなんだ、と半蔵門は思っている。でもあまりそれは関係ない。自分はそれでも日比谷のことが嫌いではないから。もっといえば、多分、好きだから。
それでも十回に一回くらいは傷ついたりするのだ。いくら半蔵門でも。
「それって半蔵門が勝手に思って勝手に機嫌悪くしてるだけだし、おれには関係ないと思う」
日比谷の断言の語尾に、銀座の小さな笑い声が混じった。
皆して俺のこと馬鹿にして、といよいよ半蔵門は不貞腐れた。しかし…、
「迷惑なんだよ、いつも、ひとりで騒いでひとりで暴れて…、銀座、なんで笑ってるの」
険のある日比谷の声に、半蔵門は薄目を開けた。この口調だとまるで、銀座は日比谷を笑っているように聞こえる。
果たして――
「別に?いつもどおりだけど」
ゆったりと腕を組んで、面白そうな顔をして銀座が日比谷を見ている。その瞳は何もかもを見透かしたように雄弁だ。半蔵門だけでなく、大体のメトロは彼のその目が苦手だという。
平気なのは丸ノ内と顔の見えない副都心くらいなのではないだろうか。
「きみが何か気になるんなら、それは、きみの中に何か原因があるんだと思うよ」
「…どういうこと?」
日比谷の声も顔も凍りついたように見える。半蔵門はゆっくりと半身を起こした。
「きみが後ろ暗いと思っていることをつつかれるからって半蔵門に当たるのもどうかと思うよ、っていう話かな」
作品名:Killertune 作家名:スサ