Killertune
にっこりと笑う銀座には悪意も何も見当たらない。けれど反論を封じるに十分な圧迫感や、隙のない空気があたりをひんやりとさせる。
「銀座」
頭を振りながら半蔵門が立ち上がり、困ったように首を振った。それで、少しだけ空気が緩む。
「俺が悪かったから、日比谷のことあんまいじめないで」
その言葉に銀座は二度ほど瞬きして。
それから、よくできました、と言って笑うと、半蔵門の頭を一度くしゃりと撫でた。
「これでそのド金髪を染めるともっといいんだけどね」
「紫だったら考えなくもない」
いつも言われることを言われ、思わず反射的に言い返した半蔵門に銀座は愉快そうに笑った。思うにそれは、ネット際で思わず軽く浮かせてしまったボールとか、スラッガーに向けてうっかり放ってしまった芸のないストレートとか、そういうものだったに違いない。
「きみがそれで伊勢崎や日比谷に好かれると思っているなら僕は止めないよ。どうぞお好きに?」
いい笑顔での台詞に、もはやぐうの音も出ない半蔵門だった。
とにかく二人でよく話すといいと思うよ、と銀座に言われては何となく逆らえない。
日比谷も渋々、半蔵門と二人で歩いた。但し互いの宿舎の部屋までのごく短い距離だが。
「あのさあ」
「…なに」
冷たくだが一応会話をつなげてくれた日比谷を、半蔵門が見下ろす。
つむじが見えて、半蔵門の目が綻ぶ。
「日比谷は、なんで日光がいいの」
「……………………」
直球過ぎる質問には、当然のように答えがなかった。しかしお墨付きを得た半蔵門は普段よりさらにしつこかった。
「なあ、なんで?だんまりはないんじゃん?銀座にも言われたじゃん、話せって」
なあなあ、とまとわりつけば、日比谷にうるさげに払われた。しかし体格の差があるから、いかに日比谷に耐久力があろうとも、気さえ抜かなければ半蔵門の方が腕力だって普通に上だった。それでも彼が殴られているのは、要するに隙が多かったり油断が多かったりするせいだろう。
「――そんなの、どうだっていいだろ!」
眦を吊り上げる日比谷の頬はわずかに赤い。それを一瞬じっと見つめてから、半蔵門は眉をしかめて口を曲げた。
「いくない」
「…半蔵門?」
「全っ然、よくねえよ」
滅多に見ることのない半蔵門の真剣な顔に、日比谷は思わず後ずさった。すると足元がよろめいて、壁に背をぶつけてしまう。その衝撃に少しだけ目を眇めた、その隙に半蔵門の手が日比谷の眼鏡を取り上げる。
途端、世界がぼやけて滲んでしまう。目の前にいるのが誰かもよくわからないくらいに。かろうじて、その頭の色や形で誰だかわかるけれど。…今まで話していたから誰だかわかるけれど。
「…は…」
何かが耳の脇に伸びてきて、壁についた。腕だったらしい。眉をしかめていた日比谷の視界で、顔と思しき何かが近づいてきて、…クリアになったのは、唇が触れ合う刹那、そのほんの手前。
「俺は負けねえからな、あんなヤツに」
カシャン、という音で眼鏡が落ちたことを知り、日比谷は突き飛ばすことも出来ずに思っていた。
――眼鏡壊れてたら弁償させよう、と。
「…っくし!」
突然間抜けな顔をした後くしゃみをひとつした日光に、伊勢崎がうろんげな目を向けた。
「…風邪?やだな、うつさないでよ?」
「…おまえは心配するとかそういうのはないのか?」
「日光の心配する時間があったら明日はお客さんがいーっぱい乗りますようにってお星様にお願いする方がましだよ」
にっこりと言い放つ伊勢崎は、今日の夕飯で日光に生姜焼きを一切れ奪われた。多分当分許せない。
「贅沢言ってんじゃねぇよ、せいぜい事故りませんように、にしとけ」
けれど日光も当然負けていない。鼻をひとつ擦ると、後はもう何事もなかったかのようにそんなことを言う。
「日光こそ、権現様にお願いしたら、宇都宮に意地悪されませんようにって」
「………」
肉の恨み恐るべし。いや、真に恐るべきは貧乏か。
伊勢崎の切り返しに、日光ともあろうものがしばし固まったりしていた。
どうしてどちらも「噂してるんだな」に辿り着かないんだろう、と他の東武本線系統はちょっとだけ思ったのだけれど、伊勢崎と日光の間に入るのは自殺行為に等しいので(特に何某かの事件の後は)誰もが我関せずで保線の支度を始めていたりした。
作品名:Killertune 作家名:スサ