Killertune
06 私は貴方の一生モノ/東海道上官はアイドルだもの
背筋をぴんと伸ばしてかつかつと歩く姿は颯爽としていて、少しだけ近寄り難い。
「東海道、あの件だけど…」
脇で秘書然として歩いていた秋田が、東海道に事務的に話しかける。東海道はちらりと視線を動かして、鷹揚に頷く。
「修正版が送られてきた。東海道にそのまま転送しておくから、目を通してもらえる?」
「わかった」
「っと、そういや俺も東海道に報告書出してねーな」
「早く出せ。まったく、遊んでいる場合か」
秋田の反対側から山陽が暢気に声をかければ、ぴしゃりとはねつけるように東海道は答える。
「ごっめーん☆」
「…やる気はあるのか」
「ないこともない」
さらりと答え、山陽は笑った。と、そんな山陽の斜め後ろにて。
「とうかいどうせんぱいっ」
「…ん?」
ぴょこん、と飛び跳ねるようにして名前を呼ぶ小さい存在に、それまでの厳しそうな東海道の目が若干緩んだ。
「ぼく、ぼくもまだほーこくしょ、だしてませんでした…」
ごめんなさい、と続いた声に、東海道は今度ははっきりと笑みを浮かべ、歩いていた足を止めて長野を振り返った。一緒くたに歩いていた集団ごと、歩みを止める。一同そろってミーティングルームへ向かう途中であり、廊下には高速鉄道しかいなかったので、誰にどう見咎められることもない。
「長野はいいんだ。おまえは、ゆっくり書きなさい。まずは考えることが宿題だ」
「ほんとうですか?」
「うん?そうだ」
不器用な手つきでぎこちなく長野の頭を撫でる東海道に、長野が嬉しそうに笑う。彼は「とうかいどうせんぱい」が大好きなのだ。勿論、他の先輩たちだって大好きなのだけれど、やっぱり東海道が特別なのである。誕生日だって一緒だし。
まったくもって微笑ましい光景に、一同は何となく目を細めて和んだ空気を出していた。
それから簡単にミーティングなどして。三々五々解散となる。ひとりふたりと出て行く中、東海道だけは何通かの書類に目を通していた。優雅にゆったりと足を組んで、時折眉間に皺を寄せたり、無意識のように唇をなぞったりしている。
「東海道」
「ああ…」
一応付き合って残っていた山陽が、まだかかりそうなのかと東海道に声をかける。勝手に行ってしまってもいいのだが、…それはそれで、彼のご機嫌を損ねる可能性もあるから、先に行くにしても声だけはかけないわけにいかなかった。
「俺、先に行くぞ?なんかしとくことあるか?」
何しろ東海道とは途中まで一緒だ。一応気を利かせて尋ねれば、東海道は書類から顔を上げて、一度だけ瞬きした。恐らく考えているのだろうと思う。無意識のような表情は警戒心も険もなくて、どことなく幼く見えた。
「…特にない」
「そっか。…じゃあな、後から来いよ。別に俺が回すからゆっくりでも大丈夫だし」
山陽にしてみたら、東海道が頑張ってくれたから開業できたという過去もある。山陽の開通によって百万座席の自体が来ると予測したみどりの窓口立ち上げに関わった職員達のことも忘れることは出来ない。だから、山陽自体は、ちゃらちゃらしたように見えて案外真面目なところもあった。報告書は延び延びになることもあるが、日々の営業自体は案外細やかにこなしている。それはなんだかんだで東海道も認める所だったから、東海道は山陽に任せることに対して不安はなかった。
「ああ。頼む」
素直に返して、再び書類に目を通し始める。伏せ目がちのストイックな姿に一度だけ瞬きをして、じゃあな、と山陽はミーティングルームを出るべく立ち上がった。しかしドアを開けた、その時だ。
「山陽」
「あん?」
なんだ、と呼ばれて振り返れば、書類から顔を上げることなく東海道は口を開いた。
「今日は気温が低い。慎重にいけよ」
「…おうよ」
事故でもあったら大変だ、とそれだけのことなのかもしれないが、山陽はその何気ない台詞に頬をほころばせた。
山陽が出て行くと、室内には書類をめくる東海道と、隣で補佐的にそれを片付けていく秋田が残った。二人の間に特に会話はない。
やがて秋田が自分の分を終えて、とんとん、と書類を整えた所で顔をあげた。
「東海道」
「ん」
ちらり、と東海道が秋田を横目で見た。それに目を和ませて、こっち終わったよ、と告げれば、ふわりと東海道の目も優しいものになる。一瞬の話だったけれど。
「じゃあ、行くね。そろそろ。東北にまかせっきりだし」
「上越もいるだろう」
「そうだけど、上越は長野を見てるよ」
「…あいつはちゃんと長野を見てやっているのか?」
どうにも不安げに、心配そうに言い出した東海道に、秋田は小さく噴出した。
「上越はあれで意外と子供が好きみたいだよ」
「そうか…」
長野とか東海道とかね、とこっそり心の中で付け加えて、秋田は罪もなく笑う。
「ならいいが。長野はまだ小さいんだ。教えてやらなければいけないことも多いだろうし…」
「小さいって、長野だってもう開通して十年だよ」
「それはそうだが…」
だがまあ、東海道の気持ちもわからないではない。あんなふうにふわふわしてちっこくて可愛い生き物を見たら、多分誰もがそういう気持ちになるだろうから。…しかし、長野は東海道が思うほどには幼いだけではない、というのが東海道以外全員の感想であることは伏せておこうと思う。秋田なりの優しさであった。
とうとうミーティングルームにひとりきりになって、暫く黙々と書類を片付けていた東海道だが、ようやく終わって、ふうと一息つく。誰もいない部屋は静かだった。
少しだけ、と思い、椅子に沈んで軽く目を閉じる。
「…?」
少しだけのつもりだったが、はっと目を開けた時の感覚からして、時間はともかく転寝してしまっていたらしい。慌てて起き上がろうとして、東海道は自分の腹というか膝というかにかけられている誰かの上着に気づいた。形状からして同じ高速鉄道のものだが、当然自分のものではない。持ち上げてしげしげと眺めて、それでも誰のものかはわからなかったが、内ポケットのイニシャルの縫い取りで持ち主がわかった。上越らしい。
「…あれ、起きた?」
すぐだったね、とドアの方からかけられた声は持ち主で。相変わらずワイシャツだけの薄着だった。
「…すぐのつもりだったんだ。寝ていたわけじゃない」
ばつが悪くて口を尖らせれば、上越が笑った。
「まあ、いいけど。それよりさ、さっき出した報告書、版を間違えてたなって途中で気づいて」
「…道理で。なんだかおかしいと思ったんだ」
東海道は先ほどまで見ていた書類から一枚抜き取って、呆れ顔で上越に差し出した。
「あれ、わかった?」
それに小さく笑いながら上越は書類を受け取る。
「わからいでか。…まったく」
「ごめんごめん」
「…それで、今は長野はひとりなのか」
「え?」
「秋田が言っていたが…、おまえは、長野の面倒をよく見ていると」
椅子に座ったまま、立っている上越を見上げて問えば、上越は瞬きのあといつもの柔和な笑みを浮かべた。
「内緒」
「なに?」
「勿論、教えるべきことは教えてあげられてると思うよ。東海道ほどじゃないにしても」
「…」
作品名:Killertune 作家名:スサ