Killertune
高速鉄道は皆、誕生した時あれこれと世話を焼かれた記憶を持っている。他ならない東海道にだ。すぐに、東海道の案外欠点が多い所に気づくのだけれど、それでもヒヨコのように東海道の姿や印象が刻み付けられるのは否めない。
東海道は仲間に優しいというか、身内に厳しいようでいて甘い。長野のような例はそれでも極端かもしれないが、他の高速鉄道の誕生を、いつも東海道は顔をほころばせて喜ぶ。その顔を見て、自分の誕生が喜ばれたことを思わないものはいない。東海道にしてみたら、それは、単純に仲間が増えたことが嬉しいだけなのかもしれない。寂しがりな所のある男だから。それでも、存在を喜んでもらって嬉しくないやつがいないことは確かなのだ。
「…なら、いい」
ふいと顔をそらした東海道の顔が何となく寂しげで、それに少しやきもちのような気持ちをいだいてしまうのには、そんな理由もあるのだろう。
ようやく室外に出ようとする東海道と入れ替わりのように、東北と秋田にぶら下がるようにして長野がくっついて戻ってきた。秋田は何となく苦笑している。
「長野?」
どうかしたのかと膝を折れば、長野がぱちりと瞬きして、少しだけ恥ずかしそうに顔を上げた。
「長野?」
と、東海道の後ろから上越も歩いてきて、同じように長野をのぞきこむ。けれども手を伸ばしてくしゃりと頭を撫でる手は東海道より随分手馴れていて、撫でられる長野にしても撫でられるときの顔は随分と慣れているように見えた。
「上越がいないとやっぱりちょっと大変みたいだよ」
秋田が困ったように言えば、そうなんです、のかわりにじっと見上げる長野に上越は苦笑し、困ったね、という。つられたように東海道も笑って、今度こそ安心してミーティングルームを後にした。
ほんの少し寂しく思ったのだけはやはり仕方ないのだけれど、いつも無口な東北がそんな東海道の肩を少しだけたたいてくれたので、それもどうでもよくなった。
ミーティングルームに入る時とは逆にひとりで出て行きながら、東海道の表情はきりりとしている。そこだけ見ていて、あのメンタルの弱さをはかれるようなものはいないだろう。
しかし、恐らくどこかが開いているのだろう、冷たい風が吹き込んできて案外狭い肩を竦める姿にはどことなく頼りなさがある。
ひとりで走ってきた時代はそれなりに長い。いろいろなことがあった。期待を背負って生まれてきて、だからがむしゃらに頑張ってこれた。しかし今は違う。振り返れば仲間が増えて、中にはひねくれたものもいるけれど、それでも皆東海道についてきてくれるのだとわかっている。…たぶん、恐らく。ついてくるのではなく、先んじようとするものもいるかもしれないけれど、それでも東海道を本当に突き放すものはいないのはわかっている。
「東海道」
くすりとそのことについ笑ってしまえば、向かいからひょろりとした、飄々とした姿が近づいてきた。手には東海道のマフラーを持っている。
「今日は冷えるだで。忘れだら、だめだべ」
ほんの少し笑った口元に、頬が軽く熱を持つ。吹き抜ける風の冷たさなど忘れてしまった。
黙って立ち止まれば、歩いてきた山形が大事そうにマフラーを東海道の首元に巻きつけ、そっと押さえて、もう一度小さく笑う。
「…なんが、ええことあっただか?」
問われて、東海道は顔をほころばせた。はにかんだような様子に、山形は目を細める。
「べつに、なにも」
「そうが」
山形はそれでも笑って、東海道の手をそっと握った。
「…行ぐが」
「ああ」
――すべて世はこともなし。
作品名:Killertune 作家名:スサ