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暴走王子と散々な影武者

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伝説の勇者……?



 そこへ足を踏み入れるまでは、心臓が壊れるんじゃないかと思うほど、体中に激しい鼓動を響かせていた。

 湖の中にそびえる巨大な城。
 このファレナ女王国の王子であるファルーシュが今、妹リムスレーアをゴドウィンの魔の手から救い出し、国の再建を図ろうとしている本拠地。
 徐々に近づいてくるその姿を、船の上から挑むように見上げる。
 つい先日まで乱稜山で偽者の王子として山賊行為を行っていた自分が、あの中に足を踏み入れたら、はたしてどうなるのだろうか。
 ましてや、自分が今後王子の影武者をやるなどと知れたなら。
 ロイを王子の影武者に、と言ったサイアリーズは、今はあのユーラムとか言う貴族の馬鹿息子の顔に思いっきり泥を塗ってやったことに満足なのか、上機嫌で傍らのファルーシュやリオンと語り合っている。王子も相変わらずにこにこと優しげで、一軍の主だとは思えないほどに儚げな雰囲気を醸し出していた。
 だが、その頼りなさが、逆に人々の心を集めているのかもしれないと、ロイは思うようになっていた。実際、王子と他の仲間たちの様子を見ていても良くわかる。王子の仲間たちは、常に王子を慕い、時には共に笑い、時には盾となって守ろうとする。けれど王子はおとなしく守られていてはくれず、時には自分の方が盾になろうとするといった危なっかしい面が目に付いた。
 主従と言う関係よりは、むしろ文字通り「仲間」だった。
 そう、ロイ以外は。
 ロイだけは、違う。ロイにはもうフェイロンもフェイレンもいない。今はまだ王子に気遣ってか、自分を責める者はいないが、あの城へ入ったらどうなるのだろう。
 すでに決めたこととはいえ、不安に駆られるのは仕方なかった。
「ロイ!」
「うわっ!?」
 突然至近距離にファルーシュの顔が入り込んできた。
 思わず後退ったロイに、どうしたの? とファルーシュは無邪気な顔。
 一つはぁっと息を吐き出して、一層激しくバクバクと鳴り響く心臓をどうにかなだめる。
「と、突然前に、立た、ないで、くれ……」
「ああ、そうか。ごめんごめん」
 あまりにも悪気のない清々しい笑顔にまた一層大きくため息がこぼれるロイだった。
「でも、もうすぐ船を下りるから、そろそろ準備をしておいてね?」
 言われてようやく気がつく。
 既にフェイタス河のも終わり、セラス湖の中に入っていた。
 ドクンと大きく胸が震えた。
 自然と背筋が冷たく感じられるようになる。
 だが。
 きっとロイは高くそびえる城を見返す。
 ここで負けてなんていられない。何が何でも、生き残るためには、まずは完璧に王子を演じきって、認めさせなければ。王子も、その他の仲間たちも。
 そのためには、はじめが肝心だ。
 桟橋が近づいてくる。その船の上で固く決意し、立ち上がる。
 しかし。
「お、きたきたー」
「えーどれー?」
「あれじゃねー?」
「そんなに似てますかねぇ?」
「似てますって! すっごいそっくり!!」
「遠くてみえなぁい〜〜」
 がやがやとした喧騒。いったい何人桟橋に集まっているのか数え切れないほどの人だかり。しかもそのすべてが、必死になってロイの姿を一目見ようと身を乗り出している。
 ぽかんと、ロイはその人の山を見上げた。
 開いた口がふさがらないとはこのことだろうか。
「ただいまみんな〜」
 ファルーシュがいつものようににこにこと手を振りながら桟橋に上がった。
 促されて、ロイも慌てて桟橋に上がる。
「えっと、紹介するね。こっちがロイ。聞いてのとおり、セーブルでぼくの偽者やってたんだ。で、今日から、ぼくの影武者やることになったから。仲間が増えるから、みんなよろしくね」
 にっこりと、上機嫌でファルーシュがロイを紹介する。その間、ロイは好奇と羨望と熱いまなざしとにさらされ、がらにもなく焦りに焦った。
「ほら、ロイも挨拶」
 ぽんっと背中をファルーシュに押され、転がるように前に出る。
「よ、よろし……」
「よろしく!!」
 言い終わらないうちに、勢いよく何重もの声が振ってきて、どぎまぎ、ぎくしゃく。
 その上更に次から次へと矢継ぎ早の質問・要望が降り注ぐ。
「ねえ、今日は王子サマのカッコしないの?」
「いっぺんみせてくれよ。どれほど似てんのかさ!」
「それより、お前まだ部屋知らんだろう?」
「なんで山賊なんかしようとしたのー?」
「まあまあ、みなさん……」
 答えるよりも先にあっちからもこっちからも声が振ってきて、何から言えばいいか、誰の相手からすればいいのか、もうわけがわからない。こんな状況、いままであったことがないのだから!
 果てはホントに本物の顔かとあちこち触られ始める。触るだけならまだしも、コレだけの数。あっという間にもみくちゃになった。
「ぎゃぁっ!! オレは元々こういう顔だ!! って、てめぇ、どこ触ってやがるーー!!」
 ドサクサ紛れの痴漢だか痴女だかまで現れはじめ、ロイは必死で逃げ場を求めて桟橋の上を逃げ回る。
 そのときだ。どこかでぷつんと何かが切れたような音がした。
「みんな、いい加減にしようね?」
 その声に、ぴたっと衆人は止まった。
 振り返ると、にっこりとしたファルーシュだ。だが、なんとなく、その笑顔の雰囲気が違うような。
「ロイ疲れてるから、休ませて上げなきゃ」
 にっこり笑っているのに、言葉はなぜか冷たい。
 周りを見渡すと、目の前の一同だけではなく、サイアリーズやリオンまでが固まり、硬直してしまっている。
「さあ、行こうか、ロイ」
 不意にファルーシュの腕がロイの肩に回されて。
 戸惑う間にずるずる引きずられるようにして階段を上がらされ。
 途中で立ち止まり、ファルーシュが更に何か言った。とても、低くどすの利いた声だったと思ったのは、ロイの聞き間違いだろうか……。ともかくそのとたん、集まっていた一堂が、一瞬にして蜘蛛の子を散らすように駆け去った。
 その様子をみて、満足そうにファルーシュは再び笑顔に戻る。
 そして、更にロイの肩を抱き寄せ。
「今夜は、楽しい一夜にしようね、ロイ」
「え?」
 何のことだと問い返す前に、ロイはファルーシュの部屋に連れ込まれ。そして……。
 その後、ロイの悲鳴が響き渡ったとか。

 後日リオンやサイアリーズがあの日のことを
「王子があんなに怖いなんて、初めて知りました……」
 と、震えながらに語ったなど、その日のことは、ある意味アルフェリア軍の伝説と化したのだった。


作品名:暴走王子と散々な影武者 作家名:日々夜