暴走王子と散々な影武者
王子と影武者な関係
あの日、オレは王子さんと共にこの城にやってきた……。
そのときは、なんて大きくて綺麗で、すがすがしい城なんだろうと、まるでこの城の主のようだと思ったのに。
それが大きな間違いであったことに気づいたのは、そのすぐ後のこと。
それから、オレの悪夢どころではない日々が始まったのだ。
「ロイー? おーい、ロイー??」
自分と同じ顔をした、影武者の姿を捜し求めるこの城の主の声が、のどかな春の午後の城内に響く。
城が大きすぎるため、なかなか目的の人物が見当たらないらしい。
部屋にはいなかった。
もちろん、王子の部屋にもいるはずがない。
念のためロイの部屋のたんすを確かめたから、今日は王子の姿で出歩いているわけでもないらしい。たんすの中にはいつもの変装道具がひと揃い無造作に突っ込まれていた。
それをきちんと折りたたんでしまいなおし、今しがたロイの部屋をでてきたところ。
さて、後はロイのお気に入りの昼寝場所が一つ残っているが、なんとなくそこにはいないような気がして、別の方向へ足を向けようとして。
そこへちょうど顔見知りの馬屋番が飼葉を携えて歩いてくきたのが目に入った。たしか、ロイとも博打やら妖しい店やらの話で親しくしていたはず。
王子はためらいもせずに声をかけた。
「ねえ、ロイ見なかった?」
「なんだい王子さん、またロイを探してんのかい? 毎度毎度よくやるねぇ」
馬屋番は飼葉を脇に置いて笑って王子に向き直った。
「そうさねぇ。ついさっき、カイル様のとこでなんかしてたのを見かけたけど……」
カイル。その名を聞いたとたん、王子は馬屋番のことなど見向きもせずに走り出す。
その勢い、まさしく悪鬼のごとく。
それを見送って、馬屋番はやれやれと呆れたようにため息をついた。
「ロイも大変だなぁ、と」
これからロイの身に降りかかるだろうことを想像して、馬屋番の青年は面白がっちゃいけないだろうに、ついつい笑ってしまう。そんな表情で、先ほどまでカイルとロイがいた方角に眼差しを向けたのだった。
「んで? 今日はどーしたのよ?」
目の前の、脱力状態でテーブルに突っ伏す少年、ロイを見て、またかと呆れ気味にカイルは笑った。
「笑い事じゃねーんだよ、こっちにとっちゃ!!」
そんなカイルに、突っ伏していた彼はきっといきなり顔を上げて睨みつける。
しかしその途端に腰を押さえて再びテーブルに突っ伏した。
昼下がりの食堂には、二人のほかには客はいない。
それを見越してか、盛大にカイルはそんなロイの姿に笑い転げた。
「笑うなっ!!」
「いや、ごめんごめんって。でもねぇ、あんまりにもロイ君がかわいいもんだから」
「んなっ!?」
かわいいと言う言葉に一瞬にしてロイの顔はのぼせたタコのように赤く染まる。
それがまたカイルのツボにはいったのか、腹を押さえて彼は笑った。
「っ〜〜! ちきしょう、ひとごとだと思いやがって〜〜っ!」
「だってひとごとだしぃ〜」
ふふん、と鼻を鳴らすカイルに、からかわれて面白がられていると言うのがわかりきっているのに、ロイはついつい乗せられてしまう。しかし、思うようにならない身体な上、たとえ思うようになったとしても女王騎士とただの山賊上がりとでは雲泥の差であるから、力に訴えても無駄なのだが。
そう思い至ってしまって、行き場のない怒りを抱えたまま、ふてくされたようにつんと唇を尖らせて再びテーブルに突っ伏すロイだった。
そんなロイの前に、ことりとレツオウ自慢のスイーツが差し出された。
甘いもので機嫌を取ろうと言うカイルの魂胆は見え見えなのだが、これにもやはりつられてしまうロイである。途端に跳ね起きて満面の笑みで幸せそうにスイーツをほおばる。その顔も、先ほどのすねた顔も並みの女の子より実際よほどかわいいのだが、本人は青春真っ盛りの16歳。何が何でも認めようとはしないだろう。
「それにしても、王子がここまでロイ君にご執心になるとは、オレも予想もしなかったよ〜」
と、ロイの腰を見てカイルは苦笑い。
その視線に気づき、ロイはスイーツをほおばったまままなじりを吊り上げた。
「オレも、予想すらしてなかったわっ! あの野郎が、とんだ猫かぶりだったなんてな!」
「しょーがないよ。ずっと一緒にいた俺たち女王騎士だって、ぜんっぜん知らなかったんだから。ロイ君と会うまでの王子は、ほんとに、真っ白でいっつも優しくって、こんな王子で、ほんとにリムスレーア様を取り戻すことなんてできるのかなーって心配もしてたんだけどさぁ」
ぜんぜん、杞憂だったよ、とさも嬉しそうに笑うカイルに、逆にロイは不満が募る。
「オレはずっとそのままでいてくれればよかったって心底思ってるよっ」
「ロイ君は、前の王子を知らないから。 でも……。そう考えると、ロイ君が王子を変えたと言っても過言ではないわけだ」
「オレのせいかよっ」
さあ、それはどうだろう、と、ますますまなじりがつりあがるロイに、へらへらとカイルはいつもの笑みではぐらかす。
「ちきしょう……。オレが何したってんだよ……! おい、おかわり!! あとそれとあれと、これも追加っ」
「って、そんなに食べる気!?」
更に増えていく注文にカイルがぎょっとする。
「当たり前じゃんっ! ぜんぶ、あんたのおごりなっ」
びしっとフォークの先がつきつけられ、カイルは天を仰いだ。
オレの給料がぁ、と嘆く姿に、少しでもしてやったりとにんまり笑みを浮かべるロイだったが。
「ローイーっっ!!」
いきなり聞こえてきた絶叫とも言える声に、背筋がピンと伸びきった。
「!?」
どこから聞こえたのかととっさに辺りを見回して、その姿を目にすると、さっと一瞬で顔から血の気が引いていく。
ひぃっと、かすかに悲鳴がこぼれると、わたわたと足をもつれさせながら立ち上がろうとして椅子に足を引っ掛けて無様に転びかけ。慌ててカイルが手を伸ばすも、その手を振り払うようにしてロイは現れた王子ファルーシュの魔の手から逃れようと駆け出した。
が。
「カイル、ロイ止めないと来月の俸給ナシだからね!!」
引っ込められかけたカイルの手は、その言葉に逆にロイの行く手を阻もうと伸ばされる。
背後からいきなり伸びてきた妨害に、ぎょっとしつつも、やはり女王騎士と山賊上がりでは……。
「この裏切り者ー!!」
あっという間に腕を絡め取られ、ロイはカイルに羽交い絞めにされていた。
「ごめんよロイ君。でも、王子にさからったら、オレ来月無一文だし……」
カイルの目にきらりと涙が光った。
「やっと見つけたよ、ロイ。勝手にどっか行かないでってあれほど言ったの、もうわすれちゃったのかなぁ?」
ロイを見つけ、笑顔になるも、ファルーシュの目は笑ってはいなかった。
その事実に更に青くなりつつも、黙って入られないロイは、ファルーシュの笑みが更に冷たい笑みになるようなことを、ついつい口にしてしまう。
「オレは、お前の犬じゃねぇ!!」
あーあ、と、背後でカイルが深くため息。
ふふふ、とファルーシュが笑みを浮かべながら近づいてくる。
「へぇ〜。そぉ〜。じゃあ、ロイ、ぼくの部屋に行こうかぁ」
作品名:暴走王子と散々な影武者 作家名:日々夜