二人の弱点
目覚ましを止め、布団からもぞもぞと這い出る。
しばらく動かないままだった金髪の男は、やがてようやく体を起こすと洗面所に向かう。
顔を何度か洗い、無理やり神経を覚醒させると朝食の準備を始めた。
「・・・あぁ。」
食事を済ませ、いつものように着替えようとしたところで思い出す。
・・・そうだ、トムさんはしばらく仕事にこれねーから。
その間仕事は休み、なんだよな。
彼の直属の上司は、トラブルに巻き込まれ数週間身動きが取れない状態にあった。
本来、上司が不在ならば尚のこと、部下は仕事を淡々とこなさなければいけないが
平和島静雄という男に至っては、その常識は当てはまらない。
彼は上司によって、コントロールされることで仕事をこなしているのだ。
その上司が不在である以上、彼を単独で動かすことは出来ない。
そのまま昼過ぎまで室内で過ごした彼も、暇を潰すには
他の方法を取ったほうがいいだろうと思うようになる。
「・・・適当に歩くか。」
いつものようにバーテン服に着替えると、その金髪の男
平和島静雄は池袋の街へと繰り出すのだった。
遅めの昼食を済ませると、しばらく60階通りを散策する。
本当に目的がないので、興味も無いのに靴や服の販売店に入っては
しばらく店内をうろついた後、何も買わずに外に出る。
そんな事を何回か繰り返していると
ふと静雄に対して誰かが声を掛けた。
「静雄お兄ちゃん?」
声に振り向くとそこにはこちらを見つめる少女の姿があった。
「お、茜か。・・・お前こんなとこに一人でどうしたんだよ。・・・家出か?」
そこにいたのは静雄が以前ある事件で関わった少女。粟楠茜だった。
最初にあった時と同じ、学校の制服に身を包んでいる。
本気とも冗談ともつかない静雄の言葉に慌てて答える。
「!!い、家出じゃないよ!・・・もうしないってお父さんとお母さんと約束したもん。」
「そうか。何だ、学校の帰りか。」
「えっと、ちょっとちがくって・・・お稽古の帰りなの。」
「・・・ああ、道場か。」
少女があの事件以来、護身術の教室に通っていることは静雄も知っていた。
「うん。今日は先生が用事があって少し早く終わって・・・。」
「そうか。・・・まぁまだ明るいから安全かもしれねーけどな、あんまウロチョロすんなよ。」
もちろん茜の周りには決して目立たぬようにだが、粟楠会の若い衆達が張り付いている。
以前攫われた経験から茜に対する身辺の警護は一層厳重になったのだが、
茜自身の家に対する不信感は、やはりそう簡単に拭えるものではなく、
表立って警護することや、送り迎えをすることは出来ないのである。
そういった特別扱いを、茜は一番嫌うのだから。
「うん・・・。」
茜は静雄の言葉に素直にうなずく。
「おう。じゃあな。」
そのまま踵を返そうとする静雄に驚いた茜がとっさに声をかける。
「あ!し、静雄お兄ちゃん!!」
「・・・何だよ?」
「え、えっと。えっと!い、今時間ありますか?」
「・・・おう、暇だけどよ・・・。何でだ?」
「も、もうちょっと茜とお喋りしませんか?」
「・・・。」
沈黙したまま見つめあう二人。サングラスのせいで表情はあまり読み取れない。
茜自身、とっさの自分の発言に驚いていた。
だが、何故かこのまま帰らせてはいけない、引き止めないといけないと強く感じたのだ。
・・・お兄ちゃん困ってる?・・・怒らせちゃったのかな?
茜が不安を募らせていると
「・・・公園でもいくか。」
「!!!」
ゆっくりと歩き出す静雄に慌てて茜が横につく。
静雄はいつもよりも歩幅を狭めて茜の歩調に合わせて歩いていく。
「・・・あぁ、ちょっと待てよ。」
馴染みのファーストフード店に差し掛かるとそこで立ち止まり
おもむろに店内へと入っていく。
「!!いらっしゃいませ!!」
「バニラシェイク2つ・・・テイクアウトで。」
「かしこまりました。」
レジで会計を済ませバニラシェイクを受け取ると
茜のほうまで近づいていき一つを手渡す。
「!!ありがとう。静雄お兄ちゃん。」
「歩きながら飲むと怒られっからな。早く公園行くか。」
「うん!」
そのまま最寄の公園まで二人で歩いていくと
噴水が高く水を吹き上げている様を見つめながら
ベンチに二人並んで腰を下ろす。
傍目から見れば異様な組み合わせに移る二人は
そのまましばらく黙ってバニラシェイクを啜る。
噴水やエサを啄ばむ鳩を眺めていた静雄だったが、おもむろに口を開いた。
「・・・で、何だよ。話って。」
「え?」
茜が静雄の方に向き直るとサングラスごしに静雄と目が合うのが分かる。
あ、お兄ちゃんの目がちゃんと見える。顔がすごい近いからだ・・・。
そこで何故かより一層緊張を覚える。
「・・・?何か聴きたいことがあるんだろ?」
「え?あ、えっと。えっと・・・。」
静雄からの素朴な問いかけに茜は混乱してしまう。
あのままお兄ちゃんとお別れするのが嫌で、もうちょっとお喋りしてたくて・・・。
・・・私、何を聞きたかったんだろう?どうして引き止めたんだったっけ?
私は・・・私はお兄ちゃんを・・・
そうだ、お兄ちゃんを何とかしなくちゃいけなくて・・・!!
それで・・・。
その時、ふいに道場でした会話を思い出す。
『護身術はね、確かに相手から身を守る術だけど
それよりもまずは己を知り、それから敵を知ることが大事なんだよ。』
『・・・己を知り、敵を知る・・・?』
『そう。自分が何を思い、どう戦うのか、そして相手が何を思いどう戦うのか
それを知ることで優位に事を運び、危機を回避できるんだ・・・。』
そっか。私は静雄お兄ちゃんのことをもっともっと知らないとダメなんだ。
そうしないと静雄お兄ちゃんよりも私が『ゆういにたつ』が出来ないんだ。
・・・静雄お兄ちゃんのことをもっと知りたい。
「あの!!お兄ちゃんのことをもっと知らなくちゃいけなくて!!
だから、あの、茜にお兄ちゃんのこと色々教えて欲しくて・・・!!」
混乱する頭からようやく振り絞った茜の言葉に
静雄は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが
「・・・お前まだ、俺のこと殺す気なんだな。
ま、いいけどな。何だ・・・何から話せば良い?」
困ったような、でも優しげな微笑を浮かべて茜に問いかける。
混乱の中で脈打っていた茜の心臓が一層激しく鳴り出す。
とにかく頭の中に浮かんだ疑問を次々と口にしていく。
「えっと!す、好きな食べ物は何ですか?」
「・・・。好きな食い物?・・・まぁ、別に何でも食うけどな。・・・寿司とか。
そういや最近サイモンとこで食ってねえな。」
「じゃあ、好きな動物は?」
「・・・犬とか猫とかだな。」
「す、好きな色は!?」
「・・・何色とかは、ねえな。」
矢継ぎ早に質問を浴びせる茜だったが
静雄から次々と返答が帰ってくる喜びと同時に
しばらく動かないままだった金髪の男は、やがてようやく体を起こすと洗面所に向かう。
顔を何度か洗い、無理やり神経を覚醒させると朝食の準備を始めた。
「・・・あぁ。」
食事を済ませ、いつものように着替えようとしたところで思い出す。
・・・そうだ、トムさんはしばらく仕事にこれねーから。
その間仕事は休み、なんだよな。
彼の直属の上司は、トラブルに巻き込まれ数週間身動きが取れない状態にあった。
本来、上司が不在ならば尚のこと、部下は仕事を淡々とこなさなければいけないが
平和島静雄という男に至っては、その常識は当てはまらない。
彼は上司によって、コントロールされることで仕事をこなしているのだ。
その上司が不在である以上、彼を単独で動かすことは出来ない。
そのまま昼過ぎまで室内で過ごした彼も、暇を潰すには
他の方法を取ったほうがいいだろうと思うようになる。
「・・・適当に歩くか。」
いつものようにバーテン服に着替えると、その金髪の男
平和島静雄は池袋の街へと繰り出すのだった。
遅めの昼食を済ませると、しばらく60階通りを散策する。
本当に目的がないので、興味も無いのに靴や服の販売店に入っては
しばらく店内をうろついた後、何も買わずに外に出る。
そんな事を何回か繰り返していると
ふと静雄に対して誰かが声を掛けた。
「静雄お兄ちゃん?」
声に振り向くとそこにはこちらを見つめる少女の姿があった。
「お、茜か。・・・お前こんなとこに一人でどうしたんだよ。・・・家出か?」
そこにいたのは静雄が以前ある事件で関わった少女。粟楠茜だった。
最初にあった時と同じ、学校の制服に身を包んでいる。
本気とも冗談ともつかない静雄の言葉に慌てて答える。
「!!い、家出じゃないよ!・・・もうしないってお父さんとお母さんと約束したもん。」
「そうか。何だ、学校の帰りか。」
「えっと、ちょっとちがくって・・・お稽古の帰りなの。」
「・・・ああ、道場か。」
少女があの事件以来、護身術の教室に通っていることは静雄も知っていた。
「うん。今日は先生が用事があって少し早く終わって・・・。」
「そうか。・・・まぁまだ明るいから安全かもしれねーけどな、あんまウロチョロすんなよ。」
もちろん茜の周りには決して目立たぬようにだが、粟楠会の若い衆達が張り付いている。
以前攫われた経験から茜に対する身辺の警護は一層厳重になったのだが、
茜自身の家に対する不信感は、やはりそう簡単に拭えるものではなく、
表立って警護することや、送り迎えをすることは出来ないのである。
そういった特別扱いを、茜は一番嫌うのだから。
「うん・・・。」
茜は静雄の言葉に素直にうなずく。
「おう。じゃあな。」
そのまま踵を返そうとする静雄に驚いた茜がとっさに声をかける。
「あ!し、静雄お兄ちゃん!!」
「・・・何だよ?」
「え、えっと。えっと!い、今時間ありますか?」
「・・・おう、暇だけどよ・・・。何でだ?」
「も、もうちょっと茜とお喋りしませんか?」
「・・・。」
沈黙したまま見つめあう二人。サングラスのせいで表情はあまり読み取れない。
茜自身、とっさの自分の発言に驚いていた。
だが、何故かこのまま帰らせてはいけない、引き止めないといけないと強く感じたのだ。
・・・お兄ちゃん困ってる?・・・怒らせちゃったのかな?
茜が不安を募らせていると
「・・・公園でもいくか。」
「!!!」
ゆっくりと歩き出す静雄に慌てて茜が横につく。
静雄はいつもよりも歩幅を狭めて茜の歩調に合わせて歩いていく。
「・・・あぁ、ちょっと待てよ。」
馴染みのファーストフード店に差し掛かるとそこで立ち止まり
おもむろに店内へと入っていく。
「!!いらっしゃいませ!!」
「バニラシェイク2つ・・・テイクアウトで。」
「かしこまりました。」
レジで会計を済ませバニラシェイクを受け取ると
茜のほうまで近づいていき一つを手渡す。
「!!ありがとう。静雄お兄ちゃん。」
「歩きながら飲むと怒られっからな。早く公園行くか。」
「うん!」
そのまま最寄の公園まで二人で歩いていくと
噴水が高く水を吹き上げている様を見つめながら
ベンチに二人並んで腰を下ろす。
傍目から見れば異様な組み合わせに移る二人は
そのまましばらく黙ってバニラシェイクを啜る。
噴水やエサを啄ばむ鳩を眺めていた静雄だったが、おもむろに口を開いた。
「・・・で、何だよ。話って。」
「え?」
茜が静雄の方に向き直るとサングラスごしに静雄と目が合うのが分かる。
あ、お兄ちゃんの目がちゃんと見える。顔がすごい近いからだ・・・。
そこで何故かより一層緊張を覚える。
「・・・?何か聴きたいことがあるんだろ?」
「え?あ、えっと。えっと・・・。」
静雄からの素朴な問いかけに茜は混乱してしまう。
あのままお兄ちゃんとお別れするのが嫌で、もうちょっとお喋りしてたくて・・・。
・・・私、何を聞きたかったんだろう?どうして引き止めたんだったっけ?
私は・・・私はお兄ちゃんを・・・
そうだ、お兄ちゃんを何とかしなくちゃいけなくて・・・!!
それで・・・。
その時、ふいに道場でした会話を思い出す。
『護身術はね、確かに相手から身を守る術だけど
それよりもまずは己を知り、それから敵を知ることが大事なんだよ。』
『・・・己を知り、敵を知る・・・?』
『そう。自分が何を思い、どう戦うのか、そして相手が何を思いどう戦うのか
それを知ることで優位に事を運び、危機を回避できるんだ・・・。』
そっか。私は静雄お兄ちゃんのことをもっともっと知らないとダメなんだ。
そうしないと静雄お兄ちゃんよりも私が『ゆういにたつ』が出来ないんだ。
・・・静雄お兄ちゃんのことをもっと知りたい。
「あの!!お兄ちゃんのことをもっと知らなくちゃいけなくて!!
だから、あの、茜にお兄ちゃんのこと色々教えて欲しくて・・・!!」
混乱する頭からようやく振り絞った茜の言葉に
静雄は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが
「・・・お前まだ、俺のこと殺す気なんだな。
ま、いいけどな。何だ・・・何から話せば良い?」
困ったような、でも優しげな微笑を浮かべて茜に問いかける。
混乱の中で脈打っていた茜の心臓が一層激しく鳴り出す。
とにかく頭の中に浮かんだ疑問を次々と口にしていく。
「えっと!す、好きな食べ物は何ですか?」
「・・・。好きな食い物?・・・まぁ、別に何でも食うけどな。・・・寿司とか。
そういや最近サイモンとこで食ってねえな。」
「じゃあ、好きな動物は?」
「・・・犬とか猫とかだな。」
「す、好きな色は!?」
「・・・何色とかは、ねえな。」
矢継ぎ早に質問を浴びせる茜だったが
静雄から次々と返答が帰ってくる喜びと同時に