二人の弱点
月並みな質問しか出せない自分にどこか苛立ちを覚える。
・・・聞きたいことはもっとあるのに。もっとちゃんと質問しなくちゃ。
ぎゅっと強く目を瞑ると、茜は思い切って大胆な質問を問いかけた。
「・・・お、お兄ちゃんのじゃ、弱点は何ですか?」
静雄の返答がそこで途切れる。
強く閉じた瞳を恐る恐る開きながら静雄の顔色を伺う。
「・・・・?」
先ほどと変わらない無表情のままだ。
・・・か、考えてる途中なの・・かな。
茜が静雄の表情を読み取れないでいると
「・・・ふはっ!」
突然静雄が腰を折り、笑い始める。
「!!・・・!?」
突然の事で茜はおろおろしだすのだったが
「ははっ!!お前、弱点そのまま本人に聞くのかよ!はははははは!!!」
笑いながらくしゃくしゃと茜の頭を撫でてくる。
「!!!~~~~!!!!」
茜は何故そんなに静雄が大笑いしているのかもよく分からないまま
屈託無く笑う静雄の笑顔に釘付けになった。
頭をぐしゃぐしゃに撫で回されているのに、髪の乱れも嫌だと思わない。
それでも茜は自分の胸に違和感を感じる。
何だろうこれ・・・ぎゅうぎゅうする・・・お兄ちゃんが笑うと・・・。
息がうまく出来ないみたい・・・。何で?
「・・・あーーーーー。わりい。ちょっと笑いすぎた。
まぁ、俺の弱点は俺が一番知ってんだから、的外れでもない質問だよな。」
少し落ち着いた様子の静雄はそれでも微笑んだままでいる。
「・・・まぁ、なんつーか。俺はよ、いつもすぐにキレちまうからな、それも弱点っちゃ弱点だろ。
あとはそうだな。・・・。」
そこで一瞬黙ると、また茜の頭の上にぽんと手を乗せる。
「お前も俺の弱点の一つだな。」
「!?」
私?私がお兄ちゃんの弱点?
私が何でお兄ちゃんの弱点になるんだろう?
「・・・俺はすぐキレるけど、単純に俺のこと慕ってくれる奴等には
全然苛ついたりできねえからな。それが弱点だろーな。」
茜は必死にその言葉の意味を頭の中で整理する。
えっと、だから、お兄ちゃんはお兄ちゃんのことが好きな人には怒れなくて・・・
だから、でも、あれ?私はお兄ちゃんを・・・ぎゅうぎゅう。
お兄ちゃんが。あれ?好きな・・・。お兄ちゃんの弱点・・・。
・・・ぎゅうぎゅう。
ぎゅうぎゅう。
「・・・どうした、茜?」
「わた、私が弱点。静雄お兄ちゃんの弱点・・・。」
「・・・おお。」
「うあ・・・。あの、わた、私!!もう、帰る。帰ります。怒られるから。早く帰らなきゃだから。」
「あぁ、そうだな、もうすぐ日が暮れちまうからな。」
「だから、あの!静雄お兄ちゃんごめんなさいさようなら!!!」
「?おい茜・・・。」
勢いよく走り出す茜を追いかけようとする静雄だったが、ふとベンチから落ちた
空になったシェイクに気がつくと、数秒逡巡した挙句ベンチに戻ってそれを拾い上げる。
顔を上げると茜はちょうど通りの曲がり角を走って曲がるところで、見失ってしまう。
「・・・何だ?」
合点のいかない様子でしきりに首をひねる静雄だったが
しばらくすると
「・・・腹減った。久しぶりにサイモンとこで食うか・・・。」
そのまま知り合いの経営する寿司屋へと向かっていくのだった。
私が弱点なんだ。お兄ちゃんの弱点なんだ。
全身が脈打つような感覚を覚えながら、池袋の街を茜は駆け抜けていく。
小柄な少女が全速力で走る姿を何事かと通行人が見つめる中
茜の頭の中は先ほど知らされた事実でいっぱいになっていた。
私が弱点なんだ。静雄お兄ちゃんの弱点は私なんだ!!
走り抜けながら、不意に込み上げる歓喜の笑みを
また別の強い感情で押し殺しながら茜は走り続ける。
でも、でも・・・それなら。
私の弱点は?
私の弱点は何なんだろう?
すでに心臓は悲鳴を上げているが、茜は足を止めずに走り続ける。
『・・・俺はすぐキレるけど、単純に俺のこと慕ってくれる奴等には
全然苛ついたりできねえからな。』
私は静雄お兄ちゃんが。でもまさか。まさかそんな。
私はお兄ちゃんをどうにかしなきゃいけないから。
でもそれはきっと、だって、そんなはずはないもの。
ああ、そんな。私の弱点は。
・・・私の弱点は静雄お兄ちゃんなの?
ぎゅうぎゅう。
また、胸が痛い。おかしくなっちゃった。こんなに走ったから。全速力で走ったから
壊れちゃったんだ。きっとそう。きっとそう。
ぎゅうぎゅう。ぎゅうぎゅう。
静雄おにいちゃん。静雄おにいちゃん。
・・・どうしよう。どうしよう。どうしよう。
息を切らしながら走り続ける茜の胸は、本人がその理由を認めないまま、また強く軋んだ。