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カラの安らぎ、目覚めの行方

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春の目覚め




 兄さんはまだ目覚めない。でも、さっきよりはずっと呼吸も楽になったし、汗もかいてきたみたいだから多分薬が効いてきたのだろう。この分なら、隣町から医者が来る前に全快してしまうかもしれない。
 そんな兄の回復力に驚くというか呆れるというか。苦笑しながら、額のタオルを換えてあげる。そのときに、汗のせいで額に張り付いた兄さんの金髪を掻きやって。
 兄さんが目覚めたら身体を拭いてあげよう。こんな汗びっしょりじゃ気持ち悪いだろうし。それに、それくらいならボクにも出来る。後で宿屋の女将さんにお湯をもらってこなければ。
 ああ、そういえば女将さんにもお礼を言いに行かなければいけない。大佐の話ではなんだか心配もかけちゃったみたいだし、薬も返さないと。
 でも、それも後でいいだろうか。今は、兄さんの側を離れたくなかった。
 兄さんが何を不安に思ったのか分からないけれど、ボクがそばにいることでその不安が和らぐのであれば、ボクはやっぱりここにいて、兄さんのことを見守ってあげたい。
 本当は不安に思っていることも、全部話して欲しいんだけど。それはやっぱり兄さんだから言ってはくれないだろう。兄さんは変なところで意地っ張りだから。
 だから、何が起きても兄さんの気持ちをわかってあげられるように。ずっと、側に。
 それでもやっぱり、兄さんの言葉で教えて欲しい。だって、それって信頼されているってことだと思うから。
「いつか話してくれる、兄さん?」
 耳元でそっと囁いた。
 そのとき兄さんの瞼が震え、かすかな呻き声が零れた。
 しまった。起こしてしまっただろうか。
 そう焦った矢先、呻き声がはっきりと音となった。
「ア、ル……?」
 ボクを呼んだ兄さんの声に、ボクは空っぽの鎧の内側が一瞬膨張するような感覚に襲われた。
 薄く開いた瞼の隙間から、兄さんの金色の双眸がのぞく。
 まだ意識が朦朧としているのか、兄さんはボクのことを認めていないようだ。でも、何度か瞬きを繰り返していくと、やがてその双眸にボクの像が結ばれていく。
「アル?」
 再びの呼びかけに、ボクは兄さんの手を握ることで答えた。
「ここにいるよ、兄さん」
 なるべく優しく、兄さんを不安に陥らせないようにそっと。
 握り返してくる兄さんの手に、力が篭ったのが見て分かった。ボクには兄さんの感触は分からないけれど、兄さんはボクの存在を感じてくれているんだと知って、なんだか改めて心が弾むような気がした。
 兄さんが、頬を緩める。それから、ボクでさえ見たことのないような、微笑みを見せた。
「やっぱり、いた……」
 安心しきった、小さな子供みたいな顔だった。
 ボクは無性に抱きしめたくなる心のはやりを必死で押さえた。
「夢、みたんだ……」
 ぽつりと、兄さんが呟いた。
「おまえが……、またあっちの世界に連れてかれる、夢」
 えっ、とつい声が上がった。
「でも、やっぱりいた。よかった……」
 とろんとした兄さんの目に、再び瞼が下りていく。それからすぐに、兄さんは穏やかな寝息を立て始めた。それは、何処にも不安の影なんてない、安らかな寝顔。
 もしかして、今のが兄さんの不安の原因だったんだろうか?
 もしかして、兄さんはずっとこの不安と戦っていたのだろうか。
 今は穏やかな寝顔を見せる兄さんを見て、思った。
 そうか、そうだったんだ。兄さんはボクがまた連れて行かれたと思って、不安になったのだ。もしもう一度、ボクが向こうの世界に連れて行かれたら、今度こそ帰ってこれないかもしれない。だから。
 思い返せば、夜中に突然真っ青な顔で起き上がって、何でもないと笑う兄さんの姿を、何度か見た記憶がある。そんなときは絶対に何も言ってはくれなかったけれど、同じ夢を見ていたのかも。
 今日は、たまたま熱にうかされて本音が出てきたのかもしれない。
 それでも、打ち明けてくれたことが嬉しかった。
 今度は、何も無くても打ち明けてくれればいいな。そうすれば、本当に兄さんの不安をなくすことができるかもしれない。
 とりあえずは兄さんが目覚めたら、ボクはもう二度と兄さんの側を離れない。そう、誓おう。
 肉体のないボクでは、確固とした誓いにならないかもしれないけれど、心だけはいつも兄さんを感じることが出来る。魂だけは、兄さんの側にいることが出来る。それだけでもせめて。
 そしていつか、元の身体に戻れたなら。
 だから兄さん、それまでは待っていて。
 ボクが身体を取り戻すまでは、ボクの心が兄さんを包んであげる。絶対に離れないし、離さない。だから兄さんも、もっとボクになんでも打ち明けて。
「兄さんには、ボクがいるんだから」
 それを忘れないで。
 

 外の雪がいつのまにか止んでいて、真っ青な空が窓の外に広がっていた。
 小さな小鳥が木の枝に止まって、心地よいさえずりを聞かせてくれる。
 ああ、もうすぐ春なんだ。
 ボクはそっと、兄さんの頬を包み込む。キスは出来ないから、そっとそっと抱きしめる。
 兄さんの穏やかな寝顔を、春よりも優しく守れるように。