二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【ポケモン】風とひかりと

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 

 赤い帽子を目深に被っている、何歳か年上らしい少年が珍しげに風車を見上げていた。彼女の故郷であるワカバタウンはゆるやかな風が絶えず流れていて、それを利用した風力発電でこの小さな街の電力は賄われていた。発電方法自体は珍しくないものだったが、それを街の景観に溶け込ませているところは実は少ないのだとウツギ博士から聞いたことがある。
 だからそのひとも、もしかしたらいいなあと思っていてくれるのかもしれなかった。
 見て御覧というみたいにして彼は持っていたモンスターボールのスイッチを押す。ぽうん、と光といっしょにポケモンが一匹出てきた。ピカチュウだ。黄色い毛並みに真っ赤なほっぺ。女の子ならみんな可愛いって言いそうなポケモン。でもジョウトじゃ珍しくって滅多に会えない。彼女が住んでいる辺りじゃ尚更だった。
 ―――触らせてくださいって言ったらだめかなあ。
 なんだかうずうずしてしまう。雑誌とかでしか見たことがなかった。これを逃したら次のチャンスってよっぽどじゃないと巡ってこないかもしれない。
 彼女を見上げて、きゅるん、と腕の中のマリルが鳴く。任せろって言ってるみたいに。
「マ、マリル?」
 ぴょんと腕の中から飛び降りた。ぴこぴことトレードマークの可愛い尻尾を揺らしながら、ためらいなく憧れのピカチュウの元へと近づいていく。ぴくんと先だけが黒い耳を動かして、ピカチュウが振り返った。続いて彼も振り返る。マリルを見て、彼女を見て、またマリルを見る。仄かに微笑んだ。
 担いでいたカバンを下ろすと何やらごそごそと探り、プラスチックのケースを取りだした。幾つか蓋が分かれている。そのうちの一つを開けて手の平の上で振った。ひとつふたつと美味しそうな色をした焼き菓子みたいなものが出てくる。見た目だけならクッキーがいちばん近いかもしれない。
 ひとつピカチュウにあげると、彼はしゃがんでマリルを手招いた。ぴんとマリルの尻尾が勢いよく伸びる。気を許したひとに対しての合図みたいなものだ。
 警戒心のそう強い方じゃない子だけど、ほんとうに初めて会うようなひとにはちょっぴり人見知りしてしまうような子のに。
 美味しそうに食べるマリルの頭をひとなでして彼はこちらを見て微笑んだ。気遅れがちでも上手に受け止めてくれそうなふしぎな大人っぽさがあった。なんだかそれで安心して、彼女もやっと思い切って近づくことができた。
「……ありがとう、ございます。お菓子いただいちゃって。マリルすごく喜んでます」
 気にしないで、というように緩く首を振る。近くで見る笑顔はほんとうに優しげで、……それになんだかとても物静かなひとみたいだった。
 きれいなところだね。
 そう言われて、一瞬間をおいてそれが彼女の街への賛辞だと気付く。
「そう言ってもらえると嬉しいです。それ以外にはほんとうに何もないところなんですけど……」
 ほんとに田舎で。そう言ったらちょっと可笑しそうに笑って、そんなことないよと続けた。お菓子を食べ終わったマリルがもうひとつをねだってつついている。さすがに止めようと思ったけれど、特に気にした様子もなくもうひとつ取り出してマリルに食べさせてあげてくれた。
「……それ、ポケモンのお菓子ですか?」
 頷いた。
「わたし、初めて見ます」
 少し首を傾げると、彼は彼女に手の平を出すように言った。揃えて出した両手の手の平に幾つかお菓子が載せられる。甘く香ばしい匂い。自分で食べちゃいたくなるような美味しそうなお菓子。そうして彼はこっちにおいでとピカチュウを手招いた。ほら、ここにあるよ。そうやって指差すと、ちょっぴり警戒混じりにだけれどちょこちょこと近づいてきた。どきどきと胸が高鳴る。
 ひくひくと鼻を動かして手の平の上のお菓子の匂いを嗅いでいる。間近で見るピカチュウはほんとうに鮮やかできれいな色をしている。円らなひとみが可愛い。細くて柔らかい毛がときどき指先に触れて、嬉しくてはしゃぎ出したいような気持ちになった。それを抑えてじいっと待つ。
 何度か匂いを嗅いで主人を見て、それからピカチュウはぺろっと手からお菓子を食べた。ちろりとあったかい舌が手の平を舐めたなんだか嬉しい感触。ひとつ食べたらそれで安心したのかそれともお菓子がとても美味しかったからか、残るお菓子もひょいひょいと食べてしまう。まだ残ってないかな、と手の平をじいっと見て、屑みたいな欠片を見つけてぺろぺろと舐めた。すごく可愛い。
 嬉しくなって彼を見ると、彼も嬉しそうな顔で微笑み返してくれた。抱っこしてもいいよ。そう言われてもっともっと嬉しくなってしまう。
「いいんですか?」
 頷かれた。頬の電気袋には注意してねと言われたので触らないように、両手でお腹の辺りを包むみたいにして抱き上げる。暴れられたらどうしようと心配していたけれど、予想に反してずいぶんおとなしかった。ふわっと柔らかい毛の感触が気持ちいい。毛こそ柔らかかったが身体自体は割と固かった。ぷにぷにしてるのかなとなんとなく思っていたけれど逆にすっと引き締まっている。
 なんだか惚れ惚れしてしまった。
 あんまり嬉しそうな顔をしていたからかくすくすと笑われてしまった。お菓子の次は抱っこをねだったマリルに嫌な顔せず付き合ってくれている。腕の中のマリルの満足そうな顔といったら。
「おおい、待たせてすまなかったねー」
 遠くでウツギ博士が手を振っている。振り返った彼はその姿を認めて軽く会釈した。思わず瞬いて彼と博士を見比べる。ずれた帽子のつばを摘まんでくいと持ち上げて、ちょっぴり微笑んだ。それを見て、もうこの心地いい時間はおしまいなんだと彼女は知る。抱き上げていたピカチュウがもぞもぞしたので名残惜しかったが地面に下ろした。さもそれが自然だというように彼の足に擦りよる。
 資料や機材なんかでぱんぱんに膨らんだカバンをしょってばたばたと駆けてきた。眼鏡がずれている。汗を袖で拭いながらウツギ博士が笑った。
「いやあ申し訳なかった。君がジョウトに寄るって聞いてこちらからお願いしたっていうのに」
 首を振る。全然気にしていないみたいだ。ふうふうと乱れた呼吸を落ちつけてやりながら、博士は「コトネちゃんもこんにちは」と挨拶するのを忘れない。
「こんにちはウツギ博士。またポケモンのおじいさんのところに行っていたんですか?」
「うん。新種の生物の化石だ、大発見だなんていうから見に行ってみたんだけど結局植物の化石だったんだよ。新種じゃなくてももしリリーラみたいなポケモンだったらジョウトで見つかったっていうだけでも確かに大発見なんだけどな。前にこの辺じゃもういないポケモンの毛の化石だって騒いでたのも石綿の塊だったし、まあこんなことじゃないかと思ったんだけど……おや」
 彼の腕の中のマリルに気がついたらしくちょっと面白げな顔をする。
「コトネちゃん、ずいぶんと仲良くなったんだね」
「い、いえそんな、あの……ピカチュウを触らせてもらったりとか、マリルのお菓子貰ったりとか、ほんとにそれくらいで」
「へえ!そりゃすごい、ピカチュウまで触らせてもらったのか!それってほんとに幸運なことだと思うよ!ねえ、レッドくん」
 意味ありげな視線を向ける。彼は少し苦笑していた。