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ただひとりのひと

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 気が付けば。いつの間にか窓が開いていた。
 涼やかな風に頬を撫でられ初めてそれに気付いた浮竹は、格闘していた書類からふと顔を上げた。
 本日の十三番隊詰所は午後より隊員全員が出払っており、病み上がりの浮竹だけが一人、報告書や始末書の山とにらめっこをしていた。浮竹自身は外回りの任務をこなす気満々で出勤したのだが、隊長思いの三席二人が例によってそれを許してくれなかった。
 部下に泣きつかれ困惑する上司を見た海燕は思いっきり吹き出す始末だ。挙げ句の果てには「俺が手柄を立てて、隊長に出世する道を邪魔する気ッスか」と、くつくつ笑いながらもやんわり椅子に押し戻されて、そこでようやく浮竹は諦めた。仙太郎と清音はどうにか言いくるめることができただろう。だが海燕の、言葉とは裏腹なひどくやさしい手つきには、逆えそうもなかった。
 これではどちらが隊長だかわからないな。
 浮竹は苦笑する。午後の暖かな陽気に眠気を誘われながら、窓を開けることさえ忘れて仕事に没頭した。せめて、帰ってきた部下達に胸を張って処理済みの書類を渡したい。あまりに根をつめると、それはそれで叱責されるのだけれど、浮竹にも意地というものがあるのだ。
 そうして、気が付いてみたら開けた覚えのない窓が開いていた。
 ふむ、と風にさらされた長い前髪をかき上げて、さして慌てもせずに浮竹は黙って席をたつ。
 窓際まで歩いていくと、上からひょいと顔を出し、そこに座り込んでいる人物の編み笠をこつんと小突いた。
「伊勢君ならついさっき来たが、もう行っちまったぞ」
「知ってるよ。見つからないよう七緒ちゃんの後をつけてきたからね」
 パタパタと羽織の裾を払いながら、立ち上がったのは八番隊隊長―京楽春水。
 当然といえば、当然だった。
 いくら病み上がりといえど、十三番隊隊長である浮竹に気付かれず窓を開けるなんて芸当をやってのけるのは、この男か一番隊隊長山本元柳斎重国くらいのものだ。
 身体の大きさをまるで感じさせない動きで室内に滑り込んでくる京楽に、浮竹はやれやれと笑い皺を深くした。
 わざわざ、本気で七緒をまいてきたらしい。そうとなれば浮竹が何を言ってもきくまい。――だが、
「いいのか? おそらくは彼女、瀞霊廷内を一周したらまたここに探しに来るぞ?」
「七緒ちゃんはかしこい娘だからねえ。ううん。まァ仕方がない。その時はおとなしくつかまるとするよ」
「だったら最初から素直につかまってやりゃあいいじゃないか」
 椅子に座り直した浮竹は、目の前の書類と、悠然と茶をすするサボリ魔を交互に見比べてから、少々恨みがましく呟いた。もっともわざわざ茶を淹れてやったのは自分なのだが。
 京楽はそんな浮竹の顔をじっと見て、ふっと目を眇めた。
「そうだねえ。でも、一生懸命な七緒ちゃんには悪いと思うんだけど、今日のところは勘弁してもらうしかないかな」
「なぜだ」
「顔をね、見たい人がいるんだよ。どうしても今日の内にさ」
「……じゃあこんなところでグズグズしていないで、早く行った方がいいんじゃないのか」
「そうかい? じゃ、お言葉に甘えて」
 空になった湯飲みを脇に置いた京楽の姿が、一瞬スッと消えた。瞬歩かと思う間もなく、次の瞬間には京楽の大きな手が浮竹の顎をとらえていた。
 上向きに視線を合わされて、無言のまま自分を見つめる京楽に、浮竹は目を瞬かせた。
「――京楽?」
「海燕くんに会ってね。今日から出ているというからさ」
「え、なんだ。顔を見たいというのは俺のことか」
「他に誰がいるんだい?」
 ああ、顔色もよくなったね。
 嬉しそうに言いながら、京楽はひんやりとした親指で浮竹の目の下を軽く拭う。確かに数日前、彼が雨乾堂に見舞いに来てくれた時には、眠りについてはすぐに呼吸困難で起こされるせいで、目元には大きな隈ができていたようだった。
 京楽は純粋に浮竹のことを心配して顔を見に来てくれたのだ。それなのに、検討違いの嫉妬心で嫌み混じりの言葉を投げつけてしまった自分に、思わず頬が熱くなった。
「……その、わざわざすまなかったな。まあ、なんだ。こんな顔でよければいくらでも見ていけ」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
 その言葉通り、京楽はしばらく浮竹の髪を弄ったり、頬をなで回したりしていたが、やがて満足したように隣りの椅子に腰を下ろした。
 気恥ずかしい思いを我慢しながら好きにさせていた浮竹は、ホッと安堵の息を吐いた。京楽の手つきは優しくて心地よい。その慈愛に満ちた腕の中に、うっかり全身を委ねてしまいそうになる。
 止まっていた仕事を再開しようと次の報告書に視線を落とした時、京楽があれ、と大きな声を出した。
「どうした?」
「これ。どうしたんだい?」
 京楽が指さしたのは、浮竹の机の端にちょこんと置かれていた小さな籠だった。竹で編まれたそれには綺麗な布が敷かれ、いくつかの木の実が上品に置かれている。木の実自体は平凡でどこにでも落ちているような物だが、よく磨かれていて、竹細工との調和が目を和ませていた。
 浮竹は、それを見て、ああと頷いた。
「今朝、清音が持ってきてくれたんだ。何でもこの間の休みに姉と一緒に拾い集めたらしい」
「ふうん。女の子はこういうの好きだよねえ。彼女たちは小さければ何でも可愛いと感じるようだし」
「お前もそうなんじゃないのか?」
「ボク? ボクがなんだって?」
「女性なら誰でも可愛い」
「……キミね」
「図星だろう?」
 顔をしかめた京楽に、浮竹はカラカラと笑った。京楽の女好きは今に始まったことではない。院生時代からのつきあいである浮竹は、それをよく知っている。
 今度は嫉妬など欠片もなく、ただ事実のみを言ってやったつもりだったのだが、京楽はふと真顔になった。
「確かにね、女の子はみんな可愛いと思うよ。だけど、どんなに彼女たちが愛らしく見えたとしても、ボクが隣りに立ちたいと思う人は一人だ。そうだろう?」
 浮竹の瞳をじいっと見つめて、京楽は婉然と微笑んだ。キミがそれを知らないはずはないだろう、と言外に語られて、浮竹は思わず息をのんだ。
 こんなところで、そんな意味ありげな視線をよこされても困る。浮竹は慌てて立ち上がった。
「浮竹?」
「茶を淹れかえてくる!」
 必要以上に大声で宣言して空になった京楽の湯飲みを取り上げると、京楽はきょとんとした顔になった。持ち上げた急須が軽かったのをいいことに、浮竹は湯を沸かしに執務室から逃げ出す。後ろからは押し殺したような笑い声が聞こえていた。
 だが、笑われてもいい。この火照った頬を覚ますまで、浮竹は部屋に戻るつもりはなかった。京楽は何故あんなにも簡単に、自分を籠絡することが出来るのだろう。
 浮竹は深いため息をついて、熱を孕んだ甘い吐息を風に逃した。
作品名:ただひとりのひと 作家名:せんり