どこか会えそうな場所で
「寂しくねえの?」
並盛のエース君が亡くなって数年後。オレの親友は直球を投げてきた。 あれは、そう珍しく日本だった。日本の、合法化を目前にした風紀財団の総本部に挨拶をしにいったときの事。
挨拶と言うのはまさに言葉そのまんまの「挨拶」で。新年明けましておめでとうございますなんて、久しぶりの母国語でいった。裏の取引とかそういうんじゃなくてただの挨拶だった。もちろん昔なじみの財団に挨拶しにいっただけじゃない。寧ろそれはおまけで、ボンゴレの本命の取引相手は別にいた。
日本の、これ以上はオフレコだがまあ同業者さんたちと硬く、腹を探りつつ交わした握手の後。ついで、ふらりと風紀財団に立ち寄ったのだ。
今の財団のトップは都合が悪いことに海外出張中だったけど、草壁さんがいたのでオレとしては満足だった。
草壁さんは相変わらず渋くて格好よかった。中学生だったときから物腰は温厚で気遣いがうまく頼りになる人だったけれど、それに輪をかけてあたたかい人になっていた。
彼の左手薬指の指輪とベビーパウダーの香りがそう、オレに思わせた。彼は補佐役以上に、いい父親になっていた。
白状すると、オレがわざわざ日本の暴力団組織と取引を交わしたのは、風紀財団に立ち寄る口実だった。
そう、沢田綱吉としてはこっちが本命。しかし悲しいかな、たがが年始の挨拶にドン・ボンゴレなるものが軽々しく領地から出てはいけないんだそうで。
いきたければそれ相応の口実をと言うものだから、なら、作ってやろうじゃないか立派な口実を、と意気込んで何とか日本へのフライトを手にしたのである。
取引が失敗しようと成功しようとどちらでも良かったから気楽だった。そうしたら思った以上に取引は成功し、オレは無駄に賞賛されてしまった。
珍しく一緒に来た山本は、多分オレの思惑を全部わかっていたんだろう。取引終了後、ものすごく自然な流れで「草壁さんに挨拶行こうぜ」と笑いかけてきたのだ。
その帰り道、ただの中年二人組みになったオレと山本は、いそいそと居酒屋をはしごすることにした。高級なワインになれた俺の舌は、安い日本酒を飲んでも普通にうまいと感じてくれたのでほっとした。
ああ。やっぱり故郷って特別なんだなあ、そうなんだよなあ。きっと山本もそう思ってたはずだ。
夜もだいぶ更けて、でもまだまだ朝になるには時間がかかる夜の中。オレと山本は本当に千鳥足で街道をさまよっていた。まったくマフィアも剣客もあったもんじゃない。
それでも気がついたら見覚えのあるような道に出ていて、家庭教師の偉大さを思い知ってしまった。どんな場所にいようと少しでも地の利が有利になる場所へ向かえるよう、教え込まされていたんだなあと。
千鳥足でもいざとなったら、相手の顔面の急所を狙えるようにと、体をコントロール出来るようにと手間と銃弾をふんだんに使って教え込んでくれたんだなあとひしひし感じた。リボーンに感謝しながら俺たちは並盛中学校の校門の前にたどり着いた。
夜明け前の校舎は本当に空っぽで、どこもかしこも夜が詰まっていた。これが昼間生徒たちの歓声や教師の叱咤激励その他もろもろの音で満ち溢れる場所になるのか・・・といまさらながらに不思議だった。
静と動。この二面性を学校というものは鮮やかに切り替えるのか、と元ダメ学生は偉そうに考察した。
「あ~懐かしいなあ、全然変わってねえ」
「だねえ、グランドはいりたいでしょ」
「ははっ、ちょおっと無理だろセキュリティとか引っかかりそうだし。・・・リング使うわけにもいかねえしなあ・・・」
「って結構本気?ちょっとー・・・聞いたら獄寺君怒るだろうなあ・・・」
ーーてめー、なにくだらないことにリング使う気だ果たすぞおい!―って。
この時、オレは初めて獄寺君に本当に何の用もなく電話をかけたいと思った。ただ、元気ー?なにしてんのいま、仕事?ああ、本当君がいるから助かるよ、いつもごめんねと。
そう思ってるならさっさと帰ってこいよって思うようなことをだらだらと長く。半分は本気だったけど、オレは残りの半分を選んでポケットの携帯には手を触れなかった。
獄寺君はきっと俺が何かを言うよりも前に、察してくれるだろうから。自分のボスは、同窓会で仲の良かった友人が急用でこれないことを知り残念がる寂しがり屋と一緒なんだとわかってくれるだろうから。
だからオレもイタリアに残って俺たちを待っている獄寺君をいたわろうと思った。次は一緒に行こうねと、すねたようにじゃなくちゃんと目を見ていおうと思った。
そんな、ことを思いつつ少しほろ酔いになったころ。体が揺れるのを笑い合っては、互いに明日の二日酔いを確かなものと感じ合っていたころ。
その合間から直球な質問が山本から投じられた。流石だ。その切れ味は剣だろうと球だろうと言葉だろうと鋭い。だけどオレはその直球に崩れることも動じることもなかった。もちろんダメージはあったが、なんとなく、いつかふられるだろう質問だよなあ、と思っていた。だからああそのいつかがとうとう今になったかと心深くでひっそり息をついた。
「ツナ寂しくねえ?」
「うん?」
「ヒバリ死んでからひとりじゃんずっと・・・6年?」
「そんなに経つっけ」
「うん、…あ。ヤバいそろそろ迎えの車呼ぶわ」
会話の途中に携帯を取り出した山本を横目にして苦笑する。
直球かと思えば変化球。ころころ変わる山本にいらだっていいはずなのに、キラキラと輝くものが胸に満ちてきて、思わず、目を伏せた。殴られた次の瞬間抱き締められる理不尽を思い出して。
山本は並盛中の校門に車の手配を指示してパチンと携帯を閉じた。背広の内ポケットにしまう。そうして更に言葉を重ねる。
「もう誰も好きになれなさそう?」
「うーん…」
誰も好きになれなさそう、か。若い言葉だなあと思った。これが一番、これがあれば生きていける、なんてバカで盲目。一途な言葉なんだろう。
きっとその言葉を使えば、うなずいてしまえば山本はあっさり「そっか」と言ってこの話題を止めただろう。でも残念だがこのバカで一途な言葉はもうオレには似合わない。
「好きだって言われたことないんだ。オレも、言った覚えがない」
ふさわしい言葉が見つからなかったので、だから、しかたないのでほろりと事実だけ口にしてみた。
山本はしばし、沈黙した。それはそうだろう。自分の親友が十数年付き合っていたと思しき人物と、一度も愛の言葉とやらを交わしていないと暴露されれば。
でも、そもそもさ。オレあの人を恋人だとか思ったことないんだよ、山本。
キスをしてセックスもしたけれど恋人じゃあない。そうあの並盛の王様とのあれこれが、恋愛であったなら。オレは年甲斐もなく今ここで、あの人が今も一番だと泣きながら言えたのかもしれない。
でも違う。オレとあの人の間にあったのは恋愛じゃなかった。
俺たちは恋人同士ではなく、常に競争相手であり、共犯者だった。
それを言うために言葉を探したがうまく表せなさそうで、どうしようかと視線をあちこちにやる。そうしたら隣の山本が空を仰ぐからつられてオレも倣ってしまった。
並盛のエース君が亡くなって数年後。オレの親友は直球を投げてきた。 あれは、そう珍しく日本だった。日本の、合法化を目前にした風紀財団の総本部に挨拶をしにいったときの事。
挨拶と言うのはまさに言葉そのまんまの「挨拶」で。新年明けましておめでとうございますなんて、久しぶりの母国語でいった。裏の取引とかそういうんじゃなくてただの挨拶だった。もちろん昔なじみの財団に挨拶しにいっただけじゃない。寧ろそれはおまけで、ボンゴレの本命の取引相手は別にいた。
日本の、これ以上はオフレコだがまあ同業者さんたちと硬く、腹を探りつつ交わした握手の後。ついで、ふらりと風紀財団に立ち寄ったのだ。
今の財団のトップは都合が悪いことに海外出張中だったけど、草壁さんがいたのでオレとしては満足だった。
草壁さんは相変わらず渋くて格好よかった。中学生だったときから物腰は温厚で気遣いがうまく頼りになる人だったけれど、それに輪をかけてあたたかい人になっていた。
彼の左手薬指の指輪とベビーパウダーの香りがそう、オレに思わせた。彼は補佐役以上に、いい父親になっていた。
白状すると、オレがわざわざ日本の暴力団組織と取引を交わしたのは、風紀財団に立ち寄る口実だった。
そう、沢田綱吉としてはこっちが本命。しかし悲しいかな、たがが年始の挨拶にドン・ボンゴレなるものが軽々しく領地から出てはいけないんだそうで。
いきたければそれ相応の口実をと言うものだから、なら、作ってやろうじゃないか立派な口実を、と意気込んで何とか日本へのフライトを手にしたのである。
取引が失敗しようと成功しようとどちらでも良かったから気楽だった。そうしたら思った以上に取引は成功し、オレは無駄に賞賛されてしまった。
珍しく一緒に来た山本は、多分オレの思惑を全部わかっていたんだろう。取引終了後、ものすごく自然な流れで「草壁さんに挨拶行こうぜ」と笑いかけてきたのだ。
その帰り道、ただの中年二人組みになったオレと山本は、いそいそと居酒屋をはしごすることにした。高級なワインになれた俺の舌は、安い日本酒を飲んでも普通にうまいと感じてくれたのでほっとした。
ああ。やっぱり故郷って特別なんだなあ、そうなんだよなあ。きっと山本もそう思ってたはずだ。
夜もだいぶ更けて、でもまだまだ朝になるには時間がかかる夜の中。オレと山本は本当に千鳥足で街道をさまよっていた。まったくマフィアも剣客もあったもんじゃない。
それでも気がついたら見覚えのあるような道に出ていて、家庭教師の偉大さを思い知ってしまった。どんな場所にいようと少しでも地の利が有利になる場所へ向かえるよう、教え込まされていたんだなあと。
千鳥足でもいざとなったら、相手の顔面の急所を狙えるようにと、体をコントロール出来るようにと手間と銃弾をふんだんに使って教え込んでくれたんだなあとひしひし感じた。リボーンに感謝しながら俺たちは並盛中学校の校門の前にたどり着いた。
夜明け前の校舎は本当に空っぽで、どこもかしこも夜が詰まっていた。これが昼間生徒たちの歓声や教師の叱咤激励その他もろもろの音で満ち溢れる場所になるのか・・・といまさらながらに不思議だった。
静と動。この二面性を学校というものは鮮やかに切り替えるのか、と元ダメ学生は偉そうに考察した。
「あ~懐かしいなあ、全然変わってねえ」
「だねえ、グランドはいりたいでしょ」
「ははっ、ちょおっと無理だろセキュリティとか引っかかりそうだし。・・・リング使うわけにもいかねえしなあ・・・」
「って結構本気?ちょっとー・・・聞いたら獄寺君怒るだろうなあ・・・」
ーーてめー、なにくだらないことにリング使う気だ果たすぞおい!―って。
この時、オレは初めて獄寺君に本当に何の用もなく電話をかけたいと思った。ただ、元気ー?なにしてんのいま、仕事?ああ、本当君がいるから助かるよ、いつもごめんねと。
そう思ってるならさっさと帰ってこいよって思うようなことをだらだらと長く。半分は本気だったけど、オレは残りの半分を選んでポケットの携帯には手を触れなかった。
獄寺君はきっと俺が何かを言うよりも前に、察してくれるだろうから。自分のボスは、同窓会で仲の良かった友人が急用でこれないことを知り残念がる寂しがり屋と一緒なんだとわかってくれるだろうから。
だからオレもイタリアに残って俺たちを待っている獄寺君をいたわろうと思った。次は一緒に行こうねと、すねたようにじゃなくちゃんと目を見ていおうと思った。
そんな、ことを思いつつ少しほろ酔いになったころ。体が揺れるのを笑い合っては、互いに明日の二日酔いを確かなものと感じ合っていたころ。
その合間から直球な質問が山本から投じられた。流石だ。その切れ味は剣だろうと球だろうと言葉だろうと鋭い。だけどオレはその直球に崩れることも動じることもなかった。もちろんダメージはあったが、なんとなく、いつかふられるだろう質問だよなあ、と思っていた。だからああそのいつかがとうとう今になったかと心深くでひっそり息をついた。
「ツナ寂しくねえ?」
「うん?」
「ヒバリ死んでからひとりじゃんずっと・・・6年?」
「そんなに経つっけ」
「うん、…あ。ヤバいそろそろ迎えの車呼ぶわ」
会話の途中に携帯を取り出した山本を横目にして苦笑する。
直球かと思えば変化球。ころころ変わる山本にいらだっていいはずなのに、キラキラと輝くものが胸に満ちてきて、思わず、目を伏せた。殴られた次の瞬間抱き締められる理不尽を思い出して。
山本は並盛中の校門に車の手配を指示してパチンと携帯を閉じた。背広の内ポケットにしまう。そうして更に言葉を重ねる。
「もう誰も好きになれなさそう?」
「うーん…」
誰も好きになれなさそう、か。若い言葉だなあと思った。これが一番、これがあれば生きていける、なんてバカで盲目。一途な言葉なんだろう。
きっとその言葉を使えば、うなずいてしまえば山本はあっさり「そっか」と言ってこの話題を止めただろう。でも残念だがこのバカで一途な言葉はもうオレには似合わない。
「好きだって言われたことないんだ。オレも、言った覚えがない」
ふさわしい言葉が見つからなかったので、だから、しかたないのでほろりと事実だけ口にしてみた。
山本はしばし、沈黙した。それはそうだろう。自分の親友が十数年付き合っていたと思しき人物と、一度も愛の言葉とやらを交わしていないと暴露されれば。
でも、そもそもさ。オレあの人を恋人だとか思ったことないんだよ、山本。
キスをしてセックスもしたけれど恋人じゃあない。そうあの並盛の王様とのあれこれが、恋愛であったなら。オレは年甲斐もなく今ここで、あの人が今も一番だと泣きながら言えたのかもしれない。
でも違う。オレとあの人の間にあったのは恋愛じゃなかった。
俺たちは恋人同士ではなく、常に競争相手であり、共犯者だった。
それを言うために言葉を探したがうまく表せなさそうで、どうしようかと視線をあちこちにやる。そうしたら隣の山本が空を仰ぐからつられてオレも倣ってしまった。
作品名:どこか会えそうな場所で 作家名:夕凪