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【リリなの】Nameless Ghost

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 徐々にノイズが混じり始める戦場を映し出すモニターにエイミィは焦りを覚えるが、今はそれよりも駐屯所のコントロールをなんとしてでも死守することが先決だと判断し、駐屯所のネットワークより独立させてある緊急用の端末を起動させた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――



 転送光が晴れ渡り、頭上に広がる青空と眼下にたたずむ荒野がユーノの視界に出現した。自分の周囲に何があるのか、すぐさまエリアサーチを飛ばしユーノは状況の収拾を始める。

 座標がずいぶんずれているとユーノは理解した。仮設駐屯所の転送装置に入力された位置座標は確かになのは達が戦っている近傍の空間となっていたはずだ。
 しかし、実際に自分が吐き出された座標は、彼女たちが戦っている場所から離れること十数キロメートルの彼方。範囲を拡大したエリアサーチによって彼女たちが戦う場所と方位を知ることが出来た。

 このまま個人転送で向かうことは出来る、しかし、駐屯所からの転送の座標がずれてしまった原因が分からない以上、不用意な転送を行うにはリスクが高すぎる。

(間に合って!)

 ユーノは祈りを捧げるように自ら飛行魔術を展開し、直接その場所へ赴くことを決断した。

 足下に展開された魔法陣が円環を描き身体にまとわりつき、そして次の瞬間には翠の魔力光をなびかせた飛翔痕を吹かせ、ユーノはフェイトやなのはのそれにはかなわない速度で飛翔を開始した。

 なのは達の姿はまだ視界の中には現れない。どうやらこの世界は比較的小さな惑星の上に成り立っているらしく、わずか十数キロメートルとはいえそこはまだ地平線の向こう側であるようだ。

 しかし、彼女たちが奏でる戦場より漂ってくる大規模な魔力の波動をユーノは肌で感じることが出来た。

 広い空間を満たす魔法弾頭、それを縫って発射される砲撃の残滓。時折出現するピーキーなエネルギーの反応は、ヴィータがカートリッジを激発させたものだと推測できる。

 なのはの使う【Flash Move】やフェイトの【Blitz Action】のように瞬間的に加速力を増すような魔法をユーノは使えない。たとえそれらが永続的に加速度を提供する類の魔法でないにせよ、断続的にそれらを行使すればトータルとしての飛行速度は圧倒的に増加する。
 そして、ユーノの纏うものは防御力を重視するあまりかなりの重装備となってしまっているため、加速減速にどうしても時間がかかってしまい、旋回速度や最小旋回半径もなのはやフェイト、クロノ比べても酷く無駄が多いとしか言えない。

 ユーノはそれでももてる魔力の全出力を飛ぶことに費やし、自らの出せる限界推力に額から汗を滲ませる。

 一匙でも早く、一刻も早く。本来なら風防として運用される防御障壁さえも構成を甘くし、その脆弱な風防の隙間から流れ込む鋭い風の刃にユーノは瞼を開けていることさえ辛くなってくる。

 地球のジェット戦闘機に比べれば圧倒的に遅く、地上を走破するレーシングビークルよりもなお遅い。

 水平線の向こう側から、光にまみれた空間が顔を見せた。
 米粒よりもなお小さく見えるそれは、ユーノにははっきりとそれが自分が求める彼女たちの姿だと言うことが分かる。
 桜色と朱色の魔力光が時折ぶつかり合い、圧倒的な光の波動と魔力の波動を周囲にまき散らしている。

 本来悲しいはずのその情景に、ユーノは一瞬心を奪われた。なんて綺麗なんだと思ってしまう。それはまるで儚く、一瞬で夜空を彩り消えていく夏空の花火のように感じられる。

 そして、美しくも儚く消えていく大火の輪花のように彼女たちの命もまた、儚く空に消えていってしまうのか。

(それだけは、だめだ!)

 ユーノは打ち払い、その念を消した。

(守りたいんだ)

 徐々に大きくなっていく彼女たちの姿。

(一緒に居たいんだ)

 朱の光が突然に停止した。その片方の手にまとわりつく桜色の円環。空中に貼り付ける捕縛魔法【Restrict Lock】。

(離れたく……ないんだ!)

 荒く息を吐きながら肩を振るわせ、なのははレイジングハートを油断なく捕縛しかけたヴィータへと向ける。そこから発射されるであろう【神聖なる鉄槌(Divine Buster)】。しかし、彼女はそれに集中するあまり、自らに近づくもう一つの影に気がつけない。

(僕は……)

 ユーノはそれをはっきりと視界に取り込んだ。

(僕は……!)

 わずかにドレスの裾を焦がすなのはの背後、認識阻害の魔法を纏っているのだろう、あまりにも存在感の薄いその長身の影。ユーノは心に念じた。
 飛んでいては間に合わない。ユーノはリスクの高いと判断した転送魔法の術式を呼び出しそれを加速させる。

 他人ならいざ知らず、結界、補助の魔法に一家言を持つ自分が、目に映るその場所に転移する事をし損じるものかとユーノは咆えた。

「なのはぁぁ!!」

 未だに遙か遠くに感じる彼の猛り。耳障りな風の音に乱され届くはずのない叫び。なのはは確かにそれを耳にした。

「えっ?」

 突然背後に出現した小さな陰り。自分を包み込むようにたたずみ動かない黒い影。抵抗を止め、片腕を完全に空中に貼り付けられるヴィータの表情。それが自分ではなく、その背後に向けられ驚愕に染まる様子をなのはははっきりと知ることが出来た。

 冷たい風が一陣舞い上がる。遙か彼方、青々と広がる海より発生した湿気混じりの冷たい風が頬をさっとなでていく。
 静寂が耳にうるさい。心の空白によって発動をキャンセルされた砲撃を忘れ、壊れたおもちゃの人形のような散漫な動きでなのはは背後へと目を向けた。

「………、………、……ゆうの……くん……?」

 翡翠の彼の双眸が彼女を映し出す。微笑む彼。なびく外套。消えていく翠の魔力の残滓。冷たい背中が温められる感触。自分が守られていると感じるその瞬間。
 そしてそれは、彼の胸を貫きのばされる彼のものではない何かの腕によって完膚無きまでにたたき壊された。

「僕はただ、君のそばに居たかったんだ……」

 その呟きが世界を動かした。背中を貫き胸を通り過ぎて伸ばされる掌の先に灯る翠の破片。

「君がいらないって言っても、ここにいる理由も誇りも何もなくても、僕は君が行くところに行きたい、君がたどり着きたいと思うところにたどり着きたい」

 そっとつかみ取られる翠のリンカーコア。

「君がいるから、君が居たから、僕は一人じゃないって思えるんだ。君が居るから心が温かくなるんだ。だから、僕は一生手放したくなかったんだ……」

 包み込まれるようにのばされた彼の腕が次第に力を失い、掌握されたリンカーコアはその腕とともに引き抜かれた。

「ごめんね、なのは。僕は、君から離れられない。君が居ないと僕はだめなんだ……だから、お願いそばにいさせて……君を守らせて……」

 拘束を失ったユーノの体躯が押し出されるようになのはへと向かって倒れてくる。

「……さよなら……なのは……」

 ユーノ・スクライアはハイライトの失った瞳のままに高町なのはを抱きしめるように意識を失った。