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【リリなの】Nameless Ghost

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「やだ、やだよユーノ君……ねぇ、目を開けてよ。目を、開けて……嫌だ、こんなの嫌、起きて、起きてよユーノ君。ねぇ、こんなの嫌だぁ!!」

 静寂は少女の慟哭に満たされ、腕の拘束をようやく解除したヴィータは生気を失った少年と彼に抱きしめられたなのはを見つめることしかできなかった。

「さあ、奪え」

 ヴィータはその言葉に目を見開き歯を食いしばった。

「テメェ……よくもイージスを!」

 もう感情がグチャグチャだった。本当なら自分を助けたはずのその仮面をかぶった男に対して憎しみしかわき上がらない。
 本当なら、抜き取られたリンカーコアを早急に蒐集して撤退しなければならないはずが、ヴィータの脳裏にはユーノを奪ったこの男に対する攻撃意志しかわき起こらない。

 感情を見失っている。ヴィータの中で唯一冷静な部分がそう警告を発するが、今の彼女はその感情にまかせて暴れることが最良の選択としか判断できない。

「見失うな。お前の主を死なせたいのか?」

 仮面の男の表情を読むことは出来ない。その口からもたらされる言葉はあまりにも冷たく、そしてあまりにも的確だった。

「――――ちくしょう……ちくしょー!!」

 ヴィータは瞳に涙を浮かべ、彼から乱暴にそれを奪い取った。翡翠に輝く魔導の根源。掌から感じる暖かな光。そのすべてが自分を断罪しているようで、ヴィータはわき上がる嗚咽を必死に噛みしめ、未だ髪を振り回して慟哭するなのはを一瞥し、撤退を決意した。

 ヴィータは転送魔法に仲間達と合流するポイントをたたき込み、三角の魔法陣を加速させた。

 そして、最後にそばに控えるように立つ仮面の男をにらみつけ、ヴィータは転送を開始した。

『……ごめん……イージス、高町なのは……』

 それは呟きではなく、誰かに当てた思念通話でもない。ヴィータは心の内にそう念じながら、転送魔法の光とともに意識を引っ張られる感触に身をゆだねた。

******

 転送が終了し、近傍世界の荒れ地に降り立ったヴィータは空っぽになってしまった心をもてあまし、ただ濁った空を見上げるばかりだった。

「ヴィータちゃん」

 背後から柔らかな女性の声が響いた。

「シャマル……」

 ヴィータは振り向いた。

「大丈夫?」

 緑色に染まるドレスのような甲冑を身に纏い、あの少年と同じ色彩、魔力光、髪の色を持つ女性シャマルは未だ残る転送魔法の残滓を身に纏いながらゆっくりとヴィータのそばに歩み寄った。

「うん……」

 ヴィータは小さく頷いた。

「見てたわ。辛かったわね……」

 シャマルは、そっと膝をつき視線をヴィータに合わせて彼女の頬に手を置いた。

「……一番辛いのはイージスとあの白い奴だ……」

 それに比べれば、自分の胸の痛みなど軽いとヴィータは呟いた。

「……シグナムとザフィーラは合流するまでもう少し時間がかかるって言ってたわ」

 彼女たちの仲間、シグナムとザフィーラも因縁のある相手とやり合い、そこそこの負傷を被った。追尾を巻くために二人は少し事なる次元世界を経由してこちらに来るとシャマルは報告を受けている。

「うん」

「だから、泣いても良いのよ? みんなには、内緒にしておくから、ね?」

 シャマルは唇を振るわせて耐えるヴィータをそっと包み込むように抱き寄せた。
 優しい温度。ふんわりと頬に当たる彼女のふくよかな乳房。もう、限界だった。
 感情が堰を切ってあふれ出す。涙を止められない。戦慄く唇を開けばもう後には引けない。

 それでもヴィータはその一時の感情に身をゆだね―――泣いた―――。