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【リリなの】Nameless Ghost

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「もう少し早く貴女と出会っていれば、貴女の暴走を止められたかもしれない。私は、それが残念でならない」

「いや、さわらないで。アリシアの手で私に触れないで」

「しかし、私は感謝している。この身がなければ、私はすべてを失っているところだった。ずいぶん歪な形ではあるが、貴女が望むのであれば、私は貴女と共にいよう、母よ」

「アリシアは、もう居ないの? 行ってしまったの?」

「ああ、おそらく貴女がこの計画を決意する前に。輪廻転生を信じるのなら、おそらくどこか別の人間に宿っていることだろう」

「だったら、それを探せば」

「何千億、いや何十兆分の一の確率を掴み取る自信があるのなら、それも可能かもしれん。しかし、それでも同じ人間が帰ってくることはないはずだ」

「無駄だった、私のしてきたことはすべて無駄だった」

「無駄ではない、貴女には一つだけ残されたものがある。貴女を母として慕い、その愛情を求める者が。金色の渇望者がまだそこにいる。来たようだ」

 天蓋を貫く一条の光のレールをすり抜け、黒衣に身を包んだ黄金の少女がその従僕を連れ、この地に降り立った。
 アリシアは祈った。許してくれと、おそらくフェイトは何も得ることは出来ない、渇望したもの、残って欲しかったものは全てその手からこぼれ落ちるだろう事を。
 そして、その最後のとどめを刺してしまったのが紛れもないこの自分だったということを。

「母さん」

「何をしに来たの。目障りよ、消えなさい」

「私は、アリシア・テスタロッサではありません。ですが、私は、フェイト・テスタロッサは貴女の娘です」

「だから何? 今更娘として扱えとでも言うのかしら?」

「もし、貴女がそれを望むのなら。世界中の全てから貴女を守ります。貴女が、私の母さんだから、私は貴方を守る」

 フェイトは毅然と胸を張り、その眼を真っ直ぐとプレシアへと向け、緩やかに手を差し伸べた。

「くだらないわ。私は失敗してしまったの。もう、何の希望も残されていないわ。アリシアも、もうアリシアじゃない。もう、どうでも良いわ。疲れた」

「……母よ……」

「どうして、こうなってしまったのかしら。私がアリシアの死を受け入れられなかったからこうなってしまったのかしら。だけど、私はどうしてもアリシアを取り戻したかった。穏やかだったあの頃に戻りたかった。ただそれだけなのに。こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかったのに」

 それは諦観だった。絶望よりも濃く、圧倒的な最後を予感させる諦め。それは病より深く浸透し、全てを停止させる最後だった。
 そして、静寂が包み込もうとした広間に隔壁を破壊する大きな音が響き渡り、そこには全身に鮮血を浮かべながらも強い意思の眼を持った少年、クロノが杖をつきながらも立ちはだかっていた。

「世界はいつだって…こんなはずじゃなかったことばっかりだよ、ずっと昔から、いつだって誰だってそうなんだ!!」

 それは世界を振るわせる奏。

「こんなはずじゃない現実から逃げるか…立ち向かうかは、個人の自由だ! だけど自分の勝手な悲しみに無関係の人間を巻き込んでいい権利は何処の誰にも有りはしない!!」

 アリシアはそっと涙を拭った。そう、だからこそ人は立ち上がっていける、それは諦観ではなく希望。それこそが、人を進ませる糧となる。
 停止した世界、停止した命と感情に生きていた<ruby><rb>かつての自分<rt>ベルディナ</ruby>は、何を希望としていたのか。アリシアはついぞそれを思い出すことは出来なかった。
 プレシアは最後にふっと口元に僅かな笑みを浮かべ、崩落する大地と共に、停止した世界の海へと沈んでいった。

「フェイト、貴女はこの世界で生き続けるといいわ。優しくないこの世界で、こんなはずじゃなかった事を悔やんで生きるといいわ。その偽りのアリシアと共に、苦しんで生きていくといいわ」

 フェイトは手を伸ばし、落ちていく最愛の母の手を取ろうとする。
 しかし、その手は何もつかみ取ることはなかった。
 最後の崩落は、そのすべてを飲み込み深く沈んでいった。