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【リリなの】Nameless Ghost

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(確かに、アルハザードであれば死体を動かす技術もあるだろうが、所詮それは生きる屍を生み出す程度だ。まったく、下らん。そもそも間違っている。死者の蘇生は技術で達成できるものではない)

 しかし、この身がここにあって彼女の計画はどのような変更が成されるのか。例え歪とはいえ、アリシアの復活はここに成就し、腐肉に過ぎなかった肉塊に魂が吹き込まれた。
 ならば、プレシアの計画は成就したのだろうか。
 いや、プレシアはあくまであの当時のアリシアを取り戻したい、あの過去を取り戻したいというはずだ。
 一際大きな震動が全体に響き渡り、城壁の一部が崩落した様子をうかがうことが出来た。

(まったく、無茶なエネルギーだ。個人が持つにしてはいささかオーバーすぎるな)

 徐々に近づいてくるその気配を察し、アリシアの旅もいよいよクライマックスを迎えようとしている。

(所詮は狂人同士の我の張り合いになるだろうな。せいぜい良い狂気を期待するよ、プレシア・テスタロッサ)

 アリシアの表情はいつの間にか喜びの笑みが浮かび上がっていた。

*********

 そこはまるで、毒の海に浮かぶ泥の大地のような様相だった。

(虚数空間がむき出しになっているというわけか)

 壁により掛かりたいほど疲弊した身体を何とか誤魔化しながらアリシアは立ち至った。

「アリシア、やっぱり帰ってきてくれたのね……、さあ行きましょう。誰にも邪魔されない、二人だけの世界へ」

 泥の大地に膝をついていたプレシアの表情には僅かながら喜びが混じっているように思えた。

「残念だが、断るよ、プレシア・テスタロッサ。おそらく、私は貴女の理想とするアリシアにはなり得ないだろうからな」

「だったら貴女はいったい何? アリシアの姿をしていて、アリシアじゃない。アリシアは私にそんな事は言わない」

 天蓋の一部が崩落し、むき出しになった虚数空間の海へと深く消えていった。

「やはり、貴女はそこに至るか。なあ、プレシア。そもそも、人間の構成要素とは何なのだろうな。姿形、記憶、人格、感情。それぞれは確かに重要なファクターだが、それぞれが別々であっても一つの人間たり得ない。貴女がアリシアだと思う、思っていた人間は、いったいどれほどの要素を持ってアリシアだったんだろうな」

「姿は遺伝子を複製すれば成り立ち、記憶や人格、感情なんてモノは所詮は脳の神経ネットワークの構成に過ぎないわ。結局は遺伝子、それさえ完璧ならアリシアは復活するはずだった」

「しかし、現実は貴女を裏切った。フェイトはアリシアではあり得なかった」

「欠陥品よあんなもの。名前を聞くだけでも虫ずが走るわ」

 プレシアは視線を逸らし、広大な海に広がる虚数の波をただ眺めて息をついた。既に立って、喋ることさえも億劫なのだろう。彼女の握る杖は小刻みに震え、その腕も既に力を入れることは困難となっているはずだ。
 アリシアは、深くどこか諦観の念を持つ吐息を吐き出し、ゆっくりと語り始めた。

「そもそも不可能だったんだよ。失われたものを取り戻すことは不可能に近い。ジュエルシードも所詮、テクノロジーによって発生した遺失物だ。それは因果を超えることだけは不可能だったはず。現在あるものからそれに似通ったモノ、代換品を生み出すことが出来ても、一度失われたものは永遠に得ることは出来ない。そうだろう? もしも、それが出来るなら、ジュエルシードを生み出した文明はなぜ滅びたんだろうね。結局、失われたもの、失われるものを再生することは出来なかったんじゃないかな。アルハザードも同じ、なぜ滅びたのか。答えは変わらないよ」

 アリシアは感じていた、かつての自分と真実のアリシアが次第に重なっていくことを。
 自分ではない誰かが、イレギュラーな記憶を己のものとする何かが次第に意識を侵食していく。これが、肉体に残った意識というものなのかどうかは分からない。あるいは魂の残滓というべきものが、一時の支配権をこの身体求めている。

「やめて、アリシアの姿でそんなこと言わないで。私のアリシアを返して!」

「貴女は初めから間違っていたんだ。魂の器を保全することが出来ても、それに収まるはずのオリジナルの魂が無い。魂の定義はひどく曖昧で、それが成功した文明は記録にない。少なくとも超科学による現代魔法において神秘と秘蹟が度外視されている以上、それは不可能のはず。仮に、魂を完全な形で保存しておくことが出来ていたら、ひょっとすればアリシアは完璧な形で復活していたかも知れない。だけど、それを怠った貴女にもたらされた結果はこの通り。結局、肉体から離れた別の魂を持ってくるしか他がなかった。それも、私だから許されたことだ。今はもうどこかに消えてしまった、私の内なる神秘がそれを可能にした。これは、藁をも掴み取るほどの偶然だったはず。私では無理なのか? 私では満足できないのか。今の私なら、おそらく貴女を母と呼ぶことが出来る」

 そして、重なった。今この一瞬だけ、アリシアは残されたアリシアのセグメント共に一つとなり、母と認識できる女性へと語りかけている。彼女は気づいているのだろうか。ここにいるのは、確かに自分の娘だと言うことに。

「言うな、言うな!」

 プレシアは杖を掲げ、もつれ込もうとする脚を強引に踏みしめると、巨大に収束させた雷撃の球体をアリシアへと向けはなった。
 鼓膜が破れるほどの爆音と、衝撃波。空気中の物質の電離による不快なイオン臭が漂い、粉塵が過ぎ去ったそこにはまったく無傷のアリシアが脚を付いて立っていた。
 そして、その遙か左方に穿たれた巨大なクレーターはその電撃がいかにも強力なモノであったかを物語る。
 当てることは出来なかった。いくら狂気に駆られたとしても、最後の希望だったアリシアを攻撃することは出来なかった。
 何故、この思いやりを愛情を、あの少女に向けられなかったのだろうか。結局諦めきれなかった者の執念はそうして憎しみへと変換させる事でしか平静を保てなかったのか。
 ならば、とアリシアは確信した。プレシア・テスタロッサは狂人ではない、所詮はその二歩手前で踏みとどまるただ狂っただけの常人だったのだ。
 そして、アリシアは一瞬の邂逅から冷め、その熱は彼方へと消え去っていった。

「誇るといい。プレシア・テスタロッサ。貴女は、人類史上最初の死者蘇生を成し遂げた魔導師だ」

 これは悲しみなのだろうか。アリシアの中に残った僅かながらかつての少女の感覚が今のアリシアの感情を揺れ動かす。

「あ、あ、あぁぁぁぁーーーー!!!」

 プレシアは気づいたのだろうか。だから絶望しているのだろうか。しかし、彼女はその一瞬のチャンスを逃してしまった。もう、戻ることは出来ない、その絶望を感じただ狂いに身を任せることしかできないのだろうか。

「君にはもう、娘がいるだろう。アリシアではない、しかし、問題なく貴女が生み出した娘が。なぜ、それで満足できなかった? なぜ、それ以上を求めてしまったのだ? 貴女さえそれを受け入れれば、おそらく誰も悲しむことはなかっただろうに」

「来ないで、来ないでぇ!!」