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【リリなの】Nameless Ghost

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「ええ。ですからこれを調べた人物は封印ではなく凍結を選んだんでしょうね。闇の書をその主ごと大規模凍結魔法で無理矢理行動不能にしてしまう。確かに理にかなってはいます。しかし、それですべてが解決するわけではない。それで封印が出来たとしても良くて100年、短く見積もれば50年間の凍結でしかない。それではまた同じことが繰り返されてしまう」

 それでも、最低50年間の安息が得られるのなら悪くない方法である。アリシアはその思いを捨て去ることも出来なかった。
 完璧な方法など無い。常に多数にとって正しい判断を下さなければならない。たとえ、その計画が結果的に一人の命を確実に犠牲にするものであっても、おそらくその判断は正しいのだろう。

(たぶん、私が同じ立場に立たされれば同じ判断をした。だから、私は……ベルディナはメルティアを殺した)

「君はそれに納得できるのかね?」

「正しい判断だと理解は出来ても納得は出来ません」

「では、君は納得できる手段をもっているのかね? 無限書庫で何か見つけたと?」

「確実は手段は何一つとしてありません。ただ一つ、不確実な希望のみです。そんなものを選ぶわけにはいかない」

 グレアムは奇妙な感覚にとらわれていた。自分の隣に座るこの場限りの娘は自分よりも圧倒的に幼い少女のはずだ。それこそ、自分に比べれば10分の1も人生を経験していない。それどこか、人生さえもまだまともに始まっていないような少女のはずだ。
 しかし、言葉を交わすにつれこの少女がまるで自分と同じ程の、いや、自分よりも長い人生を経験してきた人物に思えてしまう。
 それは錯覚だと思いながらもグレアムは言葉を続けた。

「その……方法とは?」

 この娘なら至れるかもしれない。グレアムはそう感じていた。

「ゼファード・フェイリア。かつて世界を旅する名もない魔導書に夜天の名前が与えられたところ。そして、夜天の魔導書が闇の書へと変貌を遂げた場所。滅び去った古代ベルカ王国の首都。|忘れられた都《ゼファード・フェイリア》であれば、何かしらの方法が残されているはずです」

 そして、そこはベルディナが生を受け、すべてを失った場所でもある。アリシアはその言葉を飲み込んだ。

「しかしそこはすでに人が立ち入れる場所ではないと聞くが」

 古代ベルカ王国の首都。古代大戦の最後の主戦場があったとされるその世界は、今では全土に汚染が広がっており、一呼吸するまもなく命を落とすと言われている場所でもあった。
 しかし、アリシアはグレアムの言葉に首を振る。

「それは、聖王教会が神聖性と不可侵性を保つためにでっち上げたプロパガンタに過ぎません。確かに全土凍結によって生命が住める場所ではありませんが、生きて帰ってくることは出来ます」

「それを証明する証拠は?」

「古代ベルカの生き残りのベルディナ・アーク・ブルーネスがついこの間まで生きていたのがその証拠です」

 ベルディナ・アーク・ブルーネス。グレアムもその名前は知っていた。そして、彼の存在はアリシアの言葉の証左になることも頷くことが出来ると彼は理解できた。

「つまり、一つとして確かなことはないということかね?」

 アリシアは何も言わず、沈黙をもってYESと応じる。

 確証など提示できるはずがない。それらはすべてアリシアが持つベルディナの記憶から導き出されたことなのだから。
 ベルディナ・アーク・ブルーネスが古代ベルカの生き残りであること自体が眉唾物の噂程度に過ぎず、300年生きた魔術師という言葉でさえ疑うものは数限りない。

「確かに、それでは報告書として提出するわけにはいかないね」

 アリシアは法執行機関の有り様をよく理解しているとグレアムは感じた。
 たとえ99パーセントの確信があっても人命に関わる重大な危険が存在するのなら決定的な手段を講じてはならない。
 優先するべきはロストロギアの回収や封印ではなく、そこに住まう人命なのだ。ロストロギアの回収や封印は人命救助のための手段であって目的にしてはならない。古い時代の局員であるグレアムにとってそれは本来至上理念であり、自ら犠牲を強いる決定を下すことはたとえそれが正しい判断だったとしても悪行と認識することだったはずだ。

(私は、どこで間違ってしまったのか)

 グレアムの沈鬱な表情に、しかし、アリシアは気付くことが出来なかった。

 礼拝堂の鐘が鳴り響く。その鐘は日付の更新を告げ、先ほどまで周囲を奏でていた鎮魂歌(レクイエム)がその響きを止めた。
 鎮魂祭の終わり。慰霊の時は終わりを迎え、礼拝堂の照明も徐々に落とされていく。
 天窓より見上げる空の双月もすでに姿を隠し、アリシアは祈るべき対象を失った。

「では、私は戻ります」

 アリシアはそういって立ち上がり、席に着いていながらも見上げなければ表情を伺うことの出来ないこの一時だけの家族へ別れを告げる。

「ああ、子供は寝ていなければならない時間だ。では、さようなら娘。風を引かないようにな」

「ええ、父上もご自愛ください。聖王陛下の慈悲を」

 ルーヴィスと重なり合う二人の声が礼拝堂に残響し、アリシアはそれを背負いながら凍てついた冬の夜空の元へと戻っていく。

 クラナガンでは珍しい雪のちらつきそうな寒空を見上げ、アリシアは気付けば自分たちはずいぶんと恥ずかしいやりとりをしていたと思うが、不思議と彼を父と称したことに何の不快感も抱かなかった。

(だけどこれで私が出来ることは全部終わった)

 悔しく寂しい話だとアリシアは感じる。しかし、戦う力を持たない自分の戦いはこれで終わったのだと思い立ち、堅い靴底のローファーを踏みしめ石畳の通路をゆっくりと歩く。

(あとは、天命を待つしかないか)

 薄い雲の切れ目からのぞく星々の光が静かに彼女を見下ろしていた。