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【リリなの】Nameless Ghost

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 はっきりとした口調で、闇に沈む街の光を背後にたたずませ宣言するはやてを見て、アリシアは歯を食いしばり面を落とし、目蓋から溢れんばかりの涙をこらえた。

(私は、なんて傲慢でおろかだったんだ。何が最小の犠牲だ! そんなもの、犠牲を払わざるを得なかった者の言い訳に過ぎなかった。結局私は、失敗を恐れて足踏みしていただけだ)

 完璧な方法などない。いかに堅実な方法であっても、そこに完璧なことなどない。ならば、いかに確率が低いとはいえ、何者も犠牲にすることのない道を選ぶことこそ正しい選択だった。

――ならば、その道を選ぼう。例え、茨の道であっても――

 アリシアは、最後の覚悟を決めた。


 アリシアとはやてはお互いにのばした手をつかみ合い、決意の握手を交わし、ただ静かに、何の言葉を交わすこともなく病室を後にした。

 はやての座する車いすを押しながら、アリシアは様々なことを思い浮かべた。
 どうして、自分は死に際してもそれが受け入れられなかったのか。

 自分は、あのとき死に際して、ユーノの願いを受けたジュエルシードに魂を保存された。そして、プレシアの願いを受け、器であるアリシアの身体に宿らされた。

 完璧にかなえられなかった願い。ユーノの願いは、ベルディナの形を伴わない形で成就され、プレシアの願いはアリシアの心を伴わない形で成就された。

 ならば、この少女の願いはどのような形で成就されるのか。

 キィィっという音と共に開かれる屋上の扉の音に感覚が乱され、アリシアはそのまま何も感じることなくはやての車いすをその先に押しやった。
 戦闘が行われていた気配はない。果たして、その行く末はどうなったのか。未だ膠着状態なのだろうかとアリシアは、車いすの影になって見えない屋上の様子に思いをはせる。

「…………これは……どういうことや……………」

 ドサリという音。突然軽くなる手の感触に惑わされ、アリシアは思わず歩みを止める。

「はやて……だいじょぅ……」

 はやてが車いすから転げ落ちた。アリシアはそれを助けるべく、椅子の影から姿を現し、それを見た。

 陽光が彼方に沈み、澄んだ大気に浮かぶ月。街の光に負けない一等星達。
 遙か頭上に輝くオリオンの三連星。

 そして、僅か数歩先にたたずむ、長髪の剣の騎士の持つ、桃色の地上の星。

「申し訳ありません、主はやて。我々は、貴方の名に背きました」

 止める余地も残さず、彼女は腕を掲げ、その手に姿を現せた書物の紐を解く。

 開かれる剣十字のエンブレムを掲げた書物は、次第に闇の魔力をまとい、彼女の意志に従い力を示す。

「此度のことは、すべて私に責があります。すべては私が行い、決めたこと」

 『蒐集』の声が書物より響いた。彼女の掌に浮かぶ桃色の光は霧散し、粒子となって書物へと取り込まれていく。
 そして同時に刻まれる白紙のページ。何が記載されているか理解の出来ない文字を持って、闇の書にページが刻まれていく。

「どうか、主。お幸せに……私がおずとも、主自身の幸せを得られますように……」

 闇の書に足らないページ。それを補うため、シグナムは自らを差し出した。

「嫌や……そんなの嫌や!! シグナムがおらんかったら、私はどうやって生きていけばええの? みんなが、みんながいて。全員そろって。そうやないとあかんのや! 主の命令を聞きい! シグナム。消えたらあかん! 死なんといてぇーーー!!!」

 けして動かない足を引きずり。はやては、地を這い間に合うはずのないそれをせめて言葉で引き留めながら、ただただ前へと進んでいく。

「ああ、主。主はやて。貴方と過ごした半年間は、私にとってこの上のない幸せでした。戦うことしかなかった私達を家族として迎えていただき。私達を人並みに扱っていただいた。私にはそれだけで十分でした。主のため、主が幸せで生きていけるのなら。私は何も悔いはありません」

 『蒐集』という声が再度響き渡った。シグナムの胸前に浮かび上がる紫じみた光の結晶。
 人にあらずプログラムであるはずのシグナムにとって、それを失うと言うことは、すなわちこの世界からの消滅を意味する。

 誰も止められなかった。

 なのはは今にも閉鎖しようとする意識を奮い立たせ、ユーノはそのなのはを支え、フェイトはあまりの状況に感情が追従せず、ヴィータは自らの将の行ったことが理解できず、シャマルは涙を流しながらもそれで望みが叶えられるならとどこにもいない神に祈りを捧げた。

 アリシアも、シグナムとはやて。その二者を前にしてただ瞑目してはやての肩を抱くことしかできなかった。

「あかんのや! それでは誰も救えへんのや!」

 引き留めようとするアリシアを必死に振り払おうとするはやては、それでも消えゆくシグナムに追いすがることも出来ず。

 シグナムは、闇に染まる書物と共に、その身をただの光の粒子へと変えて、消えていった。

「私達は……遅すぎたんだ……」

 アリシアははやてを抱きしめながらつぶやき、必死に抵抗して腕を振り回す彼女を押さえつけるように彼女のうなじに顔を埋めた。

「なんでや!? なんで……結局、私が……。あぁぁぁ……うわぁぁあぁぁぁ……」

 響き渡る少女の慟哭。そして、その足下に広がる鈍色の魔法陣。それらがすべてを飲み込み包み込み、広がり回転する。


――闇の書に最後のページが刻まれた――