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【リリなの】Nameless Ghost

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 防御を捨てた馬鹿な妹とアリシアに言われたほどに、潔いほどに速度を上げるためだけに構築されたその形態が姿を示した。
 身体の各部、各間接から伸びる白い光の羽は加速度を強化させる。

《Haken-form》

 バルディッシュはそんな主の意志を受け、自ら鉤状の魔力刃を展開する。
 フェイトはそれを深く構え、わき上がる魔力を爆発させ、流星のごとく光の航跡を描きながらただまっすぐと広がる闇の中心へと飛び立った。

「フェイト! ダメだ、戻って!」

 彼女が何をしようとしているのか。共に研鑽しあった仲として、やがて家族なる者としてユーノはそれを理解した。

 そして、それだけは何が何でも止めなければならないと思った。

 手を伸ばす手はあまりにも短く、そして傍らで気を失いかける少女のことを思えばこれ以上前に出ることも出来ない。

 向かってくる闇の波動。その奔流にユーノはラウンドシールドを展開しつつ、今にも飛び去ろうとするフェイトに向かって声を張り上げるしか出来ない。

 フェイトを助けるために闇の中へと飛び込めば、満身創痍で動くことすらままならないなのはを見捨てることとなる。

「僕は……」

 しかし、なのはを助けるためにはフェイトを見捨てなければならない。

 ラウンドシールドという声がユーノの口から漏れだした。
 フェイトが飛び去った方向から怒濤のごとく漂ってくる魔力の余波がユーノの生み出した翡翠の障壁によって減衰する。

「どうすれば……」

 ただの余波でも直接肌に感じるにはあまりにも鋭く重い。
 例えユーノの盾が強固であっても、なのはを守りながら突き進むことは出来ないだろう。

 ユーノではフェイトを助けられない。

「先に離脱していろ、イージス……あの娘、テスタロッサは我が回収する」

 ユーノは振り向いた。野太い男の声。盾を名乗る揺るがない巨漢の存在が脇をすり抜けていく。

「……分かりました、フェイトを、お願いします……」

 手強い敵であった存在。それが味方についてくれたとユーノは悟った。それが、どれほど心強いことなのか。

 ユーノは同時に彼のような揺るぎない心を持てない自分を悔い、なのはを抱える腕をいっそう強めながらその空域から離脱を決意した。



***********

 暗く重い。深淵まで黒に染まるその光景を前に、しかし、フェイトはそれでもなお目を見開き身体をコンパクトにたたみながら進撃を続けた。

《Auto-Defenser open》(オートディフェンサー展開)

 左腕のガントレットが、その中央に備えられた黄石を光らせた。
 フェイトの眼前に出現する金色に彩られた薄膜が出現し、それは闇の激動からフェイトを守る。

『ありがとう、プレシード』

 フェイトの意志によらない自動防御機構。防御を捨てたフェイトのために、せめてもの守りをと考えたアリシアが持たせた唯一の機能。

《Never mind. This is my role and thing that your sisuter hoped》(お気になさらずに。これが私の役目であり、貴方の姉君が望んだことです)

 プレシードは少しだけ黄石をちかちかと点滅させ答えた。
 フェイトにはそれが、照れ隠しのように見えて少しだけ微笑んだ。

《There are us with you. I am your Sword》(我々は貴方と共にいます。私は剣として)

 バルディッシュは言葉を発する。

《And I am your Shield》(そして、私は盾として)

『Until this body dies』(この身が朽ちるまで)

 フェイトの盾と剣、時を超えて再びであった二機の兄弟はそう主に誓った。

『そうだね、ありがとう二人とも。行こう! お姉ちゃんが待ってる』

 黄色の障壁にヒビが入る。そして、その障壁を補うようにプレシードはもう一つのシーケンスを発動させ、さらに強固な盾、ラウンドシールを重ねて展開させた。

 かき分けられる闇の激流。終わりがないかと思われるほど深い黒の空間。しかし、フェイトはその先にたたずむ一つの存在を確かに感じ取った。

(あれが、あいつがお姉ちゃんを飲み込んだ。あそこに、いるんだ!)

 バルディッシュとプレシードによって一度は落ち着き欠けたフェイトの激情に再び火がともされる。
 冷静にあれ。嘱託試験の時も、その後のあらゆる訓練でもフェイトはいずれ兄となる上司、クロノから聞かされたことを忘れ、今はただ燃えさかろうとする感情のトリガーを引いた。

「……かえ、して……」

 ラウンドシールの表面にヒビが入った。プレシードは、激減する盾の強度を何とか保持するため、自らに搭載されたカートリッジを一発激発させ、魔力を盾へと流し込む。
 それでも、プレシードが出来たことは崩壊の進行を僅かに和らげるのみ。
 いかにアリシアの願いより構築されたシステムであっても、自ら死へと向かおうとするもののことは考慮されていない。

「返してよ!! もう、これ以上取らないで! 母さんみたいに、お姉ちゃんを持って行かないで!」

《A defense strength reduction by half. I report the secession in detail at one time》(防御強度半減。一時離脱を進言します)

 プレシードは危険警告を発するがフェイトの耳には届かず、フェイトはなおも加速し、襲い来る黒の圧力を打ち破らんと進行を続ける。

「無茶をするな! テスタロッサ」

 黒い空間で、フェイトは自分以外の声を聞いた。
 こんなところに誰もいるはずがない。自分で死にに行くような馬鹿が自分以外にいるはずがない。フェイトのその思考は幸いなことに彼女の進撃を一瞬減衰させる。

「障壁!」

 そして、フェイトの前方に青い粒子が渦巻き広がっていく。
 その渦はまるで自分を守ってくれているかのように暖かく、優しい、そして力強かった。

「ザフィーラ?」

「その無茶は、まるでヴィータのようだ」

 振り向いたその先にたたずむ青い巨漢。フェイトの使い魔アルフがライバルと認めた因縁を持つ男。
 フェイトは少しだけ身構えて彼に視線を向けるが、ザフィーラは肩の力を抜き、フェイトの肩に手を置いた。

「捕まれ、離脱する」

 肩に置かれた手が脇に差し入れられ、もう片方の腕がフェイトの膝裏へと回される。
 フェイトはようやくザフィーラの意図を読み取り、手を振り回して抵抗した。

「放して! 私を行かせて!」

 ザフィーラは自分を連れ戻しに来た。フェイトはそれが許せなかった。

「ならん! 面倒をかけさせるな!!」

 フェイトが振り回す腕に頬や胸板を叩かれ、腕に爪痕を付けられてもなおザフィーラは苦痛に表情をゆがめることもなく障壁を張り続け、離脱へと飛行ベクトルを定めた。

 闇の書からの広域攻撃、デアボリック・エミッションからの圧力もあり、突入時の数倍の速度で離れていく状況にフェイトは気が狂うかと思った。