【リリなの】Nameless Ghost
(今のはいったい何だ。まるで、誰かの意識が私の意識に介入してきたような感じがした。まったく、気分が悪い。後で執務官でもからかって憂さ晴らしでもするかな)
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二人の密かな茶会よりちょうど一週間前。なのはとユーノとの事実上の別れはそれほど感傷的なものにはならなかったとアリシアは記憶していた。
ユーノはフェレットの姿となってなのはと共に帰って行った。確か海鳴という街だったか。緑豊かでそこに住む人々は皆心優しいとユーノが話していたことを思い出す。
フェイトはその場に立ち会えなかった。名目上とはいえ拘束されている彼女がその場に顔を出すのは不適切だという配慮なのだろうが、それぐらいはかまわなかったのではないかとアリシアは思っていた。
そのため、なのはは管理局からの表彰を受けている時でもしきりに周りを気にしていた。
フェイトもそれ以来何処か惚けている場面が多くなった。
「こちらが落ち着けば特例で会わせることも出来る」
とクロノはその後そう言ってフェイトを説得していたが、それがいつになるかははっきりとは分からないらしい。
実直な男だ、アリシアはそう思った、そしてもう少し詭弁やリップサービスという言葉を覚えた方が良いとも思った。
アリシアも、アルフと表面的な和解をした後、割と頻繁にフェイトと会う機会があるが、やはり彼女は心ここにあらずといった塩梅だった。
「やっぱり、早めに会わせてやった方が良いのでは?」
夕食後の珈琲を口にしながら、たまたま一緒になったクロノを正面に見据えながらアリシアはそう言葉を漏らした。
「僕もそう思ってるんだけどな。君がいれば大丈夫かと思っていたが」
クロノも、アリシアと同じく深煎りの珈琲を口にしながら答えた。
次元震が引き起こした影響は、まだ暫くアースラに地球周辺の海に停泊することを強いていた。管理局本局との通信ぐらいは出来るようだったが、航海をするには危険が多いという航海長の進言がそのまま通ることになっていたのだ。
そのため、アースラの生活レベルは引き下げられ、食事量の制限に嗜好品の制限、果てには消灯時間までもが引き上げられ、アースラは節約モードに突入している。
となれば、基本的に役立たずであり穀潰しである所の暇人アリシアにとって娯楽が必要になってくるのだが、クルーは全般的に忙しく、アリシアの暇つぶしも少し控えられているという状態だ。
ともあれ、閉鎖された空間では人はネガティブに陥りやすくなる。
クロノはたびたび武装隊やフェイトと共に戦闘訓練でそれを払拭しているようだが、フェイトはそれだけでは精神を保てていない様子だった。
「次に転送が可能になるのはいつだった?」
現在は、地球に対しても転送が使用できない状態だ。通信は可能だが、専用の設備のない地球では受信できず、当然ながら念話を通じさせることも出来ない。
「最短で一ヶ月だな」
クロノは話をしつつ、今回の事件に関する事後処理とフェイトの措置に関する書類を眺め、難しい顔をしていた。
「一ヶ月か。その時に会わせるのは可能かな?」
アリシアからはその書類の内容を伺うことは出来なかったが、その難しさは理解していた。
「正直難しいと言わざるを得ないな。フェイトは大人しくしているし、供述や事実確認に対しても協力的だ。だが、今回の事件は規模が大きすぎる」
確かに、とアリシアは頷いた。
アリシアに対する措置は、比較的簡単に終わることとなった。アリシアは、プレシアの違法実験の被害者であり事件の原因になったとしても、本人は眠らされておりそれを関知できなかった。そのため、管理局のどの法律に照らし合わせてたところで彼女が犯罪者として拘束されることは有り得ない。
しかし、問題はフェイトだった。フェイトは、確かにプレシアから何も知らされずに脅迫と虐待を持って無理矢理従わされていたという背景があるにしても、実質的な行動は彼女が行っていた。
ロストロギアの違法所持、管理局員に対する攻撃行為、次元災害級犯罪に対する間接扶助。この三つの罪状だけでも、100年近い禁固刑か、終身刑に処されても不思議ではない。
しかし、クロノはフェイトを助けたいと言った。
そして、そのためにはプレシアを最大の悪として位置づけなければならない。アリシアはそうでもないが、フェイトは未だに母親を慕っている。
故に、プレシアを希代の大犯罪者として仕立て上げる(実際にはその通りなのだが)事に嫌悪感や精神的疲弊を感じさせないかどうかが問題だった。
「母プレシアは、私からフェイトを作り出した。そして、プレシアはフェイトを脅迫し虐待することで犯罪を行わせ、フェイトは自分の素性を知らなかった」
それが、この事件のあらましだった。動機をねつ造することは出来る。アリシアが今この場にいるためには、プレシアが死者蘇生をある意味で成功させたためだが、それを公にすることは出来ない。
「そんなことが時空世界に広まったら、犯罪件数が激増して、君は管理局のラボに放り込まれたあげく、死ぬまでモルモットとして扱われるだろう」
というクロノの言葉通り、アリシアが死んだことになったのは、プレシアがアリシアを使用した違法研究を行うためのねつ造だったとするしかない。正式な死亡診断書が提出されてはいたが、それもデータ改竄でいくらでも出来るのだ。
「モルモットは嫌だな。篭の中で車輪を回す作業はつまらなさそうだ」
砂糖を減量された珈琲は実に中途半端な甘みを醸し出すが、元の入れ方が絶妙なせいか嫌らしい苦みは無い。
それでも、アリシアはこの身体になって砂糖に対する嗜好が増大しているように思えた。
「モルヒネ漬けにされないよりはましだ」
クロノはそんなアリシアに目を向けずに、冷淡な口調で答えた。
つまらん、とアリシアは呟きながら、最近になってこういう受け返しが出来るようになったクロノの成長を憎々しく思った。
暇だからといって少し遊びすぎた。アリシアはそう反省すると共に、今度エイミィと一緒に新しいクロノでの遊び方を模索する必要があると考えていた。
良い迷惑である。
いや、最近のアリシアにとってははけ口というものが全くない状態なのだ。
以前、喫煙所に誰かが忘れていった煙草を見つけ、いつも通りの(ベルディナの)感覚でそれを吹かしていたところ、たまたま通りかかったリンディとエイミィに見つかり、その場で小一時間ほどどやされて以来監視が強くなってしまっていた。
当然、以前厨房からくすねてきていた料理長秘蔵のシングルモルトもあえなく没収となり、その罰としてリンディの自室で三日間ほど二人の愛玩物として扱われる始末だった。
その時に取られた画像や動画は、記録媒体諸共粉砕してあるが、僅かに残されたデータがいつの間にか流出し(絶対に二人の復讐だと睨んでいる)、今ではその手の趣味の者がアリシアがヒラヒラな服で身を飾った画像を持っているという状況だった。
ちなみに、エイミィからそれを見させられたクロノがそれを見た瞬間、顔を真っ赤にしてあわてふためいていたという事実は無かったことにされた。
作品名:【リリなの】Nameless Ghost 作家名:柳沢紀雪