【リリなの】Nameless Ghost
「私は結構体温が高いぞ。熱すぎないか?」
いきなりのユーノの行為にアリシアは少し驚きつつもそれはすぐに穏やかな笑みになり、そっと下腹部を撫でるユーノの手の上に自身の手を置き、「ふう」と一息吐いた。
「ランプを抱いてるみたいで暖かいよ。このお湯、アリシアにはちょうど良いかもしれないけど、僕には少しぬるいんだ」
ああそうか、とアリシアは理解した。子供は熱い湯を苦手とする。故に、アリシアは今の自分の感覚でちょうど良いと感じる温度で湯を貼ったために、アリシアより多少年齢が上であるユーノにとっては少し温度が低く感じられるのだろう。
「なるほど、よく考えれば、”私”もユーノと入るときは何かとぬるい湯に浸からされた覚えがあるね。他人の立場にならないと、そう言うことは理解できないか」
興味深いなと呟くアリシアに、ユーノは口を噤んだ。
沈黙がバスルームを包み込み、二人の耳に聞こえる者は互いの鼓動の音とそれを支える呼吸のみ。
「僕は、まだ何もアリシアに返せてない」
ユーノはそっと呟いた。
「私はお前が幸せなら何もいらない」
アリシアもそれに答える。
「僕は、それでも貰ってばかりじゃ嫌だ。何も返せないままの自分は嫌なんだ」
「私は何かを返して欲しくてお前を拾ったわけじゃない。どちらかといえば、利己的な理由の方が大きい」
「僕はそれでもベルディナ―アリシアに感謝してる」
「私はそれを聞いただけで十分だ」
「僕はいつかアリシアに恩返しをするから。アリシアが拒んでも絶対に。拒否権なんて認めないから」
「……分かった、楽しみにしているよ。まあ、ひとまず手付けとして……」
アリシアはそう言ってユーノの手をほどき、立ち上がって彼と正面から向き合った。
「髪を洗ってくれないかな? この長い髪だと一人で洗うのが凄く面倒なんだ」
手も短いから届きにくいしね、と微笑むアリシアにユーノはにっこりと微笑み頷いた。
二人の関係をなんと定義づければ良いのか。仲の良い兄妹でもなく、気心しれた親子でもない。親愛と友情。その狭間で揺れ動く感情に名前を付けることは出来ず、二人はそれでもこの感覚に名前を付けなくてもいいと感じていた。
そう、自然に。自然に側にいれば、やがて自然に離れていくだろう。すべてが自然ならば、そこになんの疑問も寂寞も挟むことはない。
二人は、この位置に立ち止まることを心に決めた。
******
着替えは三日分持ってきていたはずなのに、結局使ったのは元々着ていた服を入れて二着だけだと言うことにアリシアとユーノはなにやら複雑な表情を浮かべた。
「ちゃんと着替えて風呂に入ってたら、もう少し作業効率がアップしてたんじゃないかな?」
というユーノの言葉に、アリシアは何も言い返せなかった。風呂場で身体を擦り、全身の皮膚が二三枚入れ替わったのではないかという程にボロボロとこぼれ出た垢を目の前に、流石のアリシアも目をひん剥いて唖然とするしか他がなかった。
ともかく風呂から出て、全身をまんべんなくスキンケアした後に新しい服と下着を装着した時には何となく生まれ変わったのではないかと思えるような感覚にアリシアはご機嫌だった。
風呂上がりのスキンケアはとても面倒だが、肌の弱いアリシアとしてはこうしないと肌が荒れるどころではない悲惨なことになってしまうのだ。
「だけど、本局はいいね。地球やクラナガンと違って憎い天敵がいないから」
本局にいるときは帽子も黒眼鏡も必要ない。露出部に入念なUV対策をする必要もなく、実に自然体でいられる。
「そうだね。本局は照明こそ自然な光感を出すけど、そう言う対策は万全だからね」
《Still is Little Alicia the intention of looking for the house at the head office?》(やはり、アリシア嬢は本局で住まいを探すおつもりですか?)
ユーノの首にかけられた紅い宝石、レイジングハートはアリシアは地球があまり好きでは無いように感じた。
「流石にそこまではまだ考えていないよ。住むとこを探すって言っても稼ぎ無しの未成年だからね。どちらにせよ、リンディ提督の行くところに従うことになるさ」
《But however, are hearing that it is getting salary tentatively? Was there not to have done the work of the translation?》(しかし、一応給料は貰っていると聞いていますが? 翻訳の仕事をされていたのでは無かったですか?)
レイジングハートにそれを教えたのはユーノかな、とアリシアは類推する。
「給料といっても、あれはリンディ提督の懐から出てるものだからね。確かに依頼料とか成功報酬とかはクライアントからいくらか支払われているだろうけど、とても一人で食べていけるものではないよ。一応月に50ミッドガルド貰ってるけど、その分の働きが出来てるのかって聞かれたら話しをはぐらかすしか出来ないしね」
アリシアはそう言って肩をすくめるが、実際の所アリシアの稼ぎは月50ミッドガルドで収まるようなものではない。
古代ベルカ語に精通する彼女はこの半年間でそれなりに名前が広まり、特に古代ベルカの歴史の多くを貯蔵している聖王教会の覚えは良いのだ。
ただ、それにしては依頼が少ないのは、彼女があくまでリンディ・ハラオウン提督付きの民間協力者であるため、外部から接触することが困難であるためなのだが。
将来的に独立することも視野には入れてはいるが、今決めることではないとアリシアは実に気楽に構えている。
「まあ、難しいことは置いておいて。フェイトが行くところならどこでも良いよ。一人になるのを考えるのは、フェイトが私を必要としなくなってからでもいい訳だからね」
そう言うアリシアにユーノは「アリシアらしいね」と言って、廊下の向こうから姿を現せたなのはとフェイト、アルフに手を振った。
二人とも近所に買い物に行くようなラフな格好をしていた。こんな時間に出歩くことを許可したなのはの両親にアリシアは少し首をひねるが、実際の所はなのはは今日はフェイトの家でお泊まりすることになっているため時間的にも余裕がある状態なのだ。
「こんばんは、お姉ちゃん。お疲れ様」
アルフ経由でマリエル・アテンザ技術主任から既にバルディッシュを受け取っていたフェイトは、そう言って預かっていたアリシアのデバイス、バルディッシュ・プレシードを彼女に手渡した。
「ああ、ありがとうフェイト。そう言えば、私もアテンザ主任に預けていたっけ。すっかり忘れてたよ」
アリシアはそう言って頭の後ろをかいた。そう言えば、マリエルはプレシードをバルディッシュのテスト機として使用したいと言っていた。彼女はプレシードにも新機構を搭載したのだろうかとアリシアは黙して語らないプレシードをのぞき込むが、忘れていたという言葉にへそを曲げてしまったのかプレシードは全く答えを返さなかった。
(後でご機嫌取りをしないとね)
作品名:【リリなの】Nameless Ghost 作家名:柳沢紀雪