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【リリなの】Nameless Ghost

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序章 第四話 水泡の目覚め



 死なない命に価値はない。それは、失われるからこそ価値があるのだ。

****

 感覚が徐々に研ぎ澄まされていく。ここは何処だと始めに思った。
 まるで白昼夢のように再生される記憶と記録。そして、その最後に彩られた凄惨な風景をまるで他人のように俯瞰し、そして緩慢な目覚めを感じた。

「聞いていて? 貴方の事よ、フェイト」

 どこか思い詰めた、狂気じみた女の声が耳朶に響き渡る。それが多少くぐもって聞こえるのは、耳に何かが侵入しているからなのだろうか、とベルディナは感じた。
 まぶたを開くことは出来ない。あれから自分はどうなってしまったのか。確かにあのとき彼は感じた、自らの身体がはじけ飛び臓物が紫電の渦に引き込まれ、沸騰する血流と共に分子へと分解される事を。

(絶対に助からない、死んだはずだ。例え、ベルカの技法であっても完膚無きまでに破壊された身体を修復することは出来ない)

 そして、徐々に開いていくまぶたが次第に眼前で繰り広げられている情景を映し出した。

「せっかくアリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっともつかえない、私のお人形」

 その女はベルディナが、眠るカプセルをなでつけ、まるで愛おしい娘を抱くかのようにゆっくりと硝子をなでつける。

「だけど、ダメね。所詮作り物は作り物。失ったものの代わりにはならない」

 身体に神経が通り始めた。手の先、足の先、髪の一房までにも感覚が蘇っていく。

「いいことを教えてあげるわ、フェイト。貴方を作り出してからずっと、私は貴方のことが……」

 そして、ベルディナは感じ取った。魔術神経は正常に機能する。ならば、このような牢獄からすぐにでも脱出しよう。

「大嫌いだったのよ!!」

 まるで、その言葉が合図だったかのように、ベルディナの放った魔力は純粋な力のベクトルとなり目の前を覆い尽くしていた硝子を内部より打ち砕いた。

「アリシア!!」

 身体に力が入らない。ベルディナはそのまま地面へと落下していったが、寸前のところで目の前の女性に抱き留められた。

(血の臭い、そして、死の匂い。薬の匂い。間違いない、これは……こいつは……)

「ああ、アリシア。アリシア、大丈夫? すぐに、すぐに助けてあげるからね」

 僅か先に開かれているのは、通信用のモニターなのだろうか。
 像を上手く結べない視界の向こうには印象的な黄金の長い髪を持った少女が、まるで生きる人形のような佇まいでただこちらを見ている。
 そして、その周囲にあるのはおそらくは驚愕。
 ベルディナは身体を揺する振動に、薄いうめき声を上げた。

「アリシア!? まさか? まだ、ジュエルシードを使っていないのに!!」

 ジュエルシード、ベルディナはその言葉に反応し、その女性を見上げた。

「分かる? 分かるの!? 母さんよ、さあ私をかあさまって呼んで、アリシア」

 その女性を見上げた瞬間、ベルディナの脳裏には自分のものではない何者かの記憶が情報のように流れ込み、そしてすぐに定着した。
 プレシア・テスタロッサ。
 自分の母親。
 しかし、ベルディナは彼女の身体から漂う血と死の異臭に眉をひそめ、そして強引に腕を打ち振るった。

「俺に触れるな、外道!!」

 擦れがちな幼い高音が耳朶を揺さぶり、まるで自分の腕ではないような細く短い腕がその女、プレシアの腕を払いのけ、ベルディナは彼女の転倒と共に床に身を横たえた。

「な、何をするの、アリシア。私が、私が分からないの?」

 プレシアは必死に起き上がり、ベルディナの側に歩み寄ろうとする。視線の端に移るその動きはまるで病を患っているものが命を削ってまで身体を動かしている様子に見える。
 薬の匂いと死の匂いはこれだったのかとベルディナは納得するが、彼女の身体に染みついた血の臭いは明らかに他者の生き血をすすって来た証拠だった。

「俺に近寄るな!!」

 言葉がまるで破城槌の用に猛威を振るい、プレシアはそのままよろよろと後ずさり、そして壁に背を預けるように崩れ去った。

「アリシア、アリシア。お願い、私を……」

 まるで追い縋るように両手を広げ、懇願するプレシアを捨て置き、ベルディナは神経に魔力を流し込んだ。
 身体はまったく役に立たない。筋力が低下しているというより、既に身体というものが崩壊しかかっている。ならば、せめて身体に魔力を流し込み、身体を強化しなくてはならない。
 ズキッとした痛覚(ノイズ)を必死になって無視し、ベルディナはようやく立ち上がり、自分が何も着ていない事に気がついた。
 違和感がある。
 自分はどうしてここまで縮んでしまったのか、自分はどうして幼き少女姿をしているのか。
 ベルディナは、割れた硝子の破片に移り込む自分自身の容貌を垣間見た。

(これが、俺か。これが俺なのか!!)

 ルビーのような深い紅眼、千の黄金を思わせる金色の髪は背中を覆い隠し下手をすれば足にも届く程だ。そして、何よりも成熟とはほど遠い、あまりにも幼くあどけない表情はまさしく驚愕に染め上げられている。
 これが、ベルディナの意識を持つ器。これがアリシア。

(とにかく、ここから脱出しないと)

 腕を動かす度に激痛が走る。身体を支え、体重を載せる度にちぎれそうになる脚を何とか奮い立たせ、ベルディナはボロボロになったカーテンを引きちぎり身体に巻き付け、儚い声で制止を呼びかける母にも身向きせず、いまだに回線が開かれているそのモニターに向かって声を張り上げた。

「時空管理局と推察するが、間違いは?」

 モニター越しに見えるのは、時空航行艦の艦橋なのだろうか。クルーを示す制服の中には、非正規の服装をした人間もちらほら見える。そして、ベルディナは倒れ込んだ金の髪の少女を支える白い服装の少女の側に立つ少年を見て、一瞬安堵の笑みを浮かべた。

「ユーノ。生きていて何よりだ……」

 そのつぶやきはかき消されたのか、ユーノは聞き直そうと口を開けかけたところに、穏やかな女性の声が先に耳に届いた。

「こちらは時空管理局次元航行部隊所属、L級時空航行艦アースラ艦長、リンディ・ハラオウンです」

 別窓のモニターが現れ、そこにはキリッとした表情の中にもどこか母性を感じさせる女性が現れた。

「保護を要請したい。受け入れれは可能かな?」

 ベルディナは正直なところ立っていることさえも苦痛な状態だった。しかし、ともすれば交渉に発展しかねないこの状況で弱みを見せるわけにはいかない。
 身体に巻き付けられた布地の中でじっとりと浮かび上がってくる脂汗を必死に隠しながら、リンディと名乗った女性に鋭い視線を向けていた。

「すぐに転送を開始します。そこから動かないでください」

 モニターは消滅し、艦橋を移していた大きなモニターもすぐにシャットダウンされた。
 そして、ベルディナの足下からしだいに漏れ出す光が円陣となって周囲を照らし始め、光が粒子の粒となって身体を覆い始めた。

「待って、アリシア。行ってはだめ」

 それでもなお追い縋ろうとするのか。プレシアは最後の気力を振り絞るかのようにベルディナの下へと歩み寄ろうとする。