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ソルジャー淡々と覚悟を問う

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「俺、予想以上に好きなのかもしれませんわ。」
実に実にさらりと、男が言った。
「………………は?」
咄嗟に理解出来なかった俺は、十分な間隔を空けて間抜けな声が出た。何処を見ているのか虚空を仰ぐようにして視線を外していた隻眼が緩慢と此方に向けられる。俺の双眸を捕らえた瞳はじっと見詰めた儘で、何も言葉を発さない。隻眼で有りながらも射抜くような瞳に、俺の視線は宙を泳いだ。でも彷徨った視線の終着点は結局天草の瞳に戻る。何処か逃れられない気がするのは、こいつが元軍人だからだろうか。それとも、天草十三と言う人間に見詰められているからだろうか。―――って、ちょっと待てよ。それってつまりどういう事だよ俺!あぁああぁ、何か言えよ!お前が黙ってるから色んな事を変な方向に考えちまうんだろぉおおお!!?落ち付け、右代宮戦人、こいつはさっき、あんな事までした男なんだぞ?!

「……な、何が?」
沈黙に堪え兼ねて折れたのは俺の方だった。自分でも頭の悪い返しだったと思う。でもだって、仕方ないだろ?こいつがいきなり変な事を言うのが悪い。すると、今まで無感情にも見えた瞳に色が宿った。ムカつく事に、小馬鹿にしたような、呆れたような、それでいて面白そうで嬉しそうな色だった。
「……坊ちゃん、よく女泣かせるでしょ?」
失礼な話だぜ。そんな覚えもなければモテた記憶もねぇ!
「じゃあ鈍いアンタにも分かるように言いますよ。」
そう言って、横髪へと指先を伸ばし梳る。俺はと言うと、明らかに揶揄れていると言うのに抗議の言葉も出せずに押し黙っちまった。髪中へと沈められた手は緩慢に撫で下ろされ頬へと下った所で添えるように止まった。手馴れているように優し気で、緩やかな動きで何だかヤだった。
「好きなんですよ。」
淀みも無ければ羞恥の欠片も感じさせぬ、ごく自然な響きで言いやがる。まるで、世間話のように自然と。
「戦人坊ちゃん、アンタの事が。」
相手とは裏腹に、こういう事に慣れていない俺は情けない事に身動き一つ出来ずにいたが、背中に添えられていたもう一方の片手が動き、密着していた身体が更に引き寄せられ身体が強張るのが分かった。…うわ、マジで情けねぇ。
そうだ、何でか俺は今天草の、…う、腕の中に居る。しかもだ。俺から飛び込んだと言う事実は確かだ。――言い訳をさせてくれるだろ?!色々あったんだ…!だからちょっと時間を遡らせてくれ!





ソルジャー、淡々と覚悟を問う





戦人は緊張していた。早朝の港は都会と比べ信じられない程活気がある。まだ朝靄が晴れぬにも関わらず慌しく動く人々の中に長身の青年はこの空気から切り取られたように立っていた。これから自分が乗るべき船は小型船で波打ち際に停泊している。その舟を、まるで大熊と対峙した怯えを押し殺した観光客の如く、はたまた長年の宿敵に挑む勇者の如く、先程からじっと見詰めている。


――大丈夫、大丈夫だ!さっきの飛行機だってそりゃあちょいと騒いじまったが、いつもよりはマシだった。俺ベクトルでは五段評価で四だった…!何せ今度は船だし、怖がる要素なんて飛行機に比べりゃ何もねぇ!おお、自信を持て戦人!お前は困難を乗り越えて成長する男だ。そして今正に、成長過程の真っ只中にいる!これは試練だぜ!見てみろ!空の上に比べりゃ何て陸地の近ぇ事だよ!?有難くって涙が出てくるぜ…!よし、…よし!段々行ける気がしてきやがったぜ…!――あぁ、でも待てよ?さっき空と比べると陸地が近いって思ったが空に居る時よりも海が深かったらどうすりゃいいんだ?俺は浮き上がって来れるのかな?浮き上がる直前で酸素が切れちまったらどうしよう。…あれ、何かこの方向性はやばくねぇか?さっきの有り難いと思った涙は実は絶望的な恐怖の涙なんじゃねぇのか?おい…、おいおいおいおいおい!何でこうなったんだよ!クールに…クールになれ!右代宮戦人!


べし。

後頭部に軽い打撃が加わった事により戦人は迷走より我を戻す。
「坊ちゃーん。さっさと乗りますぜ~。」
マイナスとプラスの感情が交錯する彼の周りには緊迫した空気が生み出されていたのだが、呑気な声が無情にもバッサリと断ち切る。スタスタと軽やかにも映る足乗りで戦人の脇を十三が横切った。
此方の心情などまるで分かっていないようにマイペースで船へと乗り込んでいく。後頭部を叩かれた戦人は少しばかり呆然と十三の背中を見送っていたが、取り残されたと言う状況に気が付くとハタと脳が動き出す。
「あ、天草ぁあ~~!!主人を置いてくってのは何事だぁあ~?!?しかも頭をぶつなんて無礼極まりねぇだろぉおおーーー!って言うか待ってぇえ………!!」
戦人の抗議の言葉をまともに聞く気がないのか、十三は船員達に軽い挨拶をしつつさっさと姿を船内へと消していた。お陰で後半は泣き言が混ざる羽目となった長身の青年に、海の男達は不思議そうに瞬きながら慌てて船内へ駆け込む姿を見送るのだった。










小型とは言え船の中は立派なものだった。操縦室はガラス張りになっており、その隣に簡易的なスペースと椅子が並んでいた。波任せとはいかないものの船の速度は穏やかで戦人の不安をいくらか払拭させる。その一角に疲れたように腰を降ろす戦人を船室の隅の壁に背中を預けた十三が何処か愉快そうに見下ろし、悪びれなく声を掛けた。
「いやだからスンマセンて。でもね、俺の言い分も聞いてくれたらきっとアンタは俺に感謝する筈ですぜ。坊ちゃんが決心するのを待ってたらあっという間に夕方ンなって折角払った船代がパァになる上、出発も遅れる所か俺の休暇が遠のく――」
「ぉおおおお、有難うなぁあぁああ!親切な護衛のお陰で俺は乗物恐怖症が一歩解消された気がするぜ…!」
精一杯の皮肉を込めて返すものの、当人はそうでしょう、そうでしょうと笑みを浮かべてさえ見せる始末だ。空を掴むような手応えで戦人は口を噤み、代わりに溜息を吐いた。そんな姿を見て十三は薄く笑む。少し、遊び過ぎたようだ。軽く自省しながら今回の旅路の目的を想起する。





――六軒島。
右代宮家一族が一夜にして大量虐殺された不可解な事件。その最後の生き残りである青年が右代宮戦人だ。そして、その護衛を任されたのが天草十三である。今日は、その六軒島へ行くのが目的なのだが、今や交通手段も乏しいその島まで、しかも右代宮の人間がわざわざ出向くとなると中々に骨を折る旅というのはちょっと考えれば分かる事だ。
十三は一度止めた。しかし、戦人の決意は固く揺るぎを見せなかったので一度で止めた。「面倒だったら来なくていいぜ?」戦人は冗談めく口振りで告げたが、「あんたが死んだら給料貰えなくなっちまう。」と、十三は如何にもとって付けた返事をしてきたので、戦人は笑った。