ソルジャー淡々と覚悟を問う
唯でさえ、この青年は狙われる危険が多い。それは右代宮家の資産目当てであったり、単純に右代宮家に恨みを持つ者であったりと様々であった。正直な所、長旅をすると言うならば護衛が十三一人と言うのは些か心許無い。それでも、戦人は頑として首を縦には振らなかった。まぁ無理もないか。と十三は思った。何故なら、今は十月。彼の家族と、その一族の命日が近いなら、家族として当然の思考である。が、十三が気に掛かったのは、戦人が墓参りに行きたいと言ったのは、例の事件が起こってから数年も経った今、初めての事だったという事だ。
唯の墓参りならば構わない。唯、墓参りをするだけならば。
「あんたも家族の墓参りに行くだけで苦労しますな。」
変な労りなど感じさせぬ程飄々と十三は言う。だから戦人も軽く返す。
「いっひっひ、だから余計行く価値が上がるんだろ?」
表面上は平素通り笑ってはいるが、やはり何処か影を感じる。十三は数秒その仄暗さを滲ませる笑顔を眺め、壁に預けていた背を離した。
「そうですねぇ。何にせよ、苦労して行き着いた旅路には感嘆するってモンだ。そこがどんな所であれ、ね。」
何処か含みがある言い方で十三は戦人が座る長椅子に席を一つ分空けて腰を降ろした。
「……どういう意味だよそりゃ。」
「いえ、唯、あんたがどんな目的を持ってアソコに行くのかは知りませんが……つまりはアレです。苦労する程深い道に行くんなら、それなりの覚悟が必要って事ですわ。――あぁ、別に単に墓参りってだけでもいいんですけどね。俺にはどうも、別に目的があるように見えて仕方ないんですけど。勘ですが。」
それを聞くと戦人は大きく瞳を見開く。おいおい、本当に隠し事が出来ないお人だな、と十三は呆れた。これじゃあ肯定と言っているようなものだ。そして単純な彼は口を開く。
「…何で分かったんだ?」
「あっさり認めるんですかい。こっちが面食らいますわ。」
「いひひ……はは、すげぇな、天草。」
何処か照れ臭そうに誤魔化し笑いをする戦人に十三は隠す事も無く溜息を吐き出す。
「やっぱりですか。何をする気なんです?まさか死ぬなんてバカな事考えちゃあいませんよね?」
「…えっと、ちょっと、一瞬だけ思った。」
「殴りますよ。」
「お前に殴られたら本当に死んじまうから止めてくれ。」
戦人の独特の笑いが船内に静かに響く。けれど先刻より感じた違和感は払拭出来ぬ儘であった所為か十三は顔を顰めた。
「目的は?」
短く問えば戦人から笑みが消える。普段は余計な事までペラペラと喋る癖に短いが故に意思を感じさせる一言だった。戦人は思わず言葉が詰まる。それを見て十三は、もう一つの予測を口にした。
「あんた、六軒島の事件の真相を暴く気ですか?深みに嵌ったら下手すりゃ命はないんですぜ。解決してねぇって事はそういう事だ。分かってます?」
十三の語調が些か厳しいものになる。あれだけ大規模の事件が何の解決の糸口もなく闇に葬られた儘と言うのも可笑しな話で、後処理をしている残党か何かがいるのだと十三は思っていた。魔女の仕業と騒ぐ者もいたが、勿論十三は信じていないし、例え魔女が「い」るとしたならば余計あの島に近寄るべきではないのだ。そう、魔女が「い」るのなら、あの島は幻想の者たちの巣窟であることに違いないのだから。人間が太刀打ち出来る相手では到底ない。
そんな馬鹿げた可能性が一寸脳裏に過ったのを消すように十三は一度首を振る。そして、目の前の青年の答えを待った。戦人は幾度か口を動かし、返答を思案しているようだったが、やがてはっきりとした声で告げた。
「俺には、覚悟がある。」
曇りのない、毅然とした一言だった。それに十三は片眉を興味深そうに持ち上げ青年の瞳を見た。何処までも澄んだ瞳で純粋にも感じられた。
「家族が……皆が何で死んじまったのか、どうして殺されちまったのか。それを知る為にはどんな事でも、どんな事になってもする。犯人がまだ見付からない今、その手掛かりをあそこで手に入れないと前には進めねぇ。皆の無念を晴らす為とか綺麗事は言わない。俺は唯真実が知りたいって言う俺自身の欲望の為にあの島に行きたいんだ。その為にはどんな事があっても受け入れる覚悟がある。」
力のある語調で戦人は迷いの欠片もなく告げた。対する十三は軽く瞳を見開き戦人の言葉を吟味しているようだった。暫しの沈黙が二人を包む。穏やかな波の上を船が走る水音と、走行中の心地よい風の音だけがサワサワと響いていた。
やがて、止まったかのように見えた空間に、時が訪れる。
カチャリ、と無機質な鉄の音が一際大きく戦人の鼓膜に届いた。ふと顔を上げると、十三の懐から、彼の持ち慣れた拳銃が取り出されたのだ。戦人も幾度か見た事がある銃口が戦人自身の鼻先へと真っ直ぐに向けられる。突然の事と流れる様に自然な動作で向けられた銃という脅威に戦人は驚愕の表情を浮かべた。心臓がドクドクと、脈を打つのを全身で感じながら、困惑と焦燥の入り混じった声を絞り出す。
「――――っ!?あま――……」
「それはつまり――……死ぬ覚悟があるって事ですかい?」
戦人は見た。男の手が躊躇なく引き金に手が掛けられるのを。視線を動かせば、先刻まで己の護衛であった男の隻眼が狂々と鈍く光るのが見えた。まるで獲物を捕らえる獣のような、肉食獣の目がギラギラと此方を見据えている。戦人は静かに息を飲み、上がる心拍を押さえ付け、彼の隻眼を見詰め返す。ここで目を逸らしたら、自分はここで終わりだと思った。そして、言葉を返した。先程よりも、確かな意思を持って、堂々と。叫んだ。
「俺には、死なない覚悟がある!だからお前も俺を絶対に殺さない!」
そして、ニマリとすら笑って見せる青年に、なんてこった、と十三は思った。今度は此方が驚愕する番だった。この目は、何て目だ。本気で死なないと、自分には殺されないと信じている目だ。この状況に置いて、絶対に自分は俺に殺される訳がないと信じている目だ。
何処か呆けたように戦人の双眸を見詰めていた十三は不意に肩先を揺らし、笑い始めた。とてもとても、愉しそうに。
「―――ックク、はは、はははははっ!!!ヒャハハハハハハハハハ!!!!あんた…!最高にクールですぜぇ!ひゃははっ、流石俺の主人だ!全く持って、大したお人だ…!」
引き金からあっさりと手を離し拳銃を定位置に戻す姿を戦人は網膜に収めた。緊張感が途切れた所為か脱力して椅子の座部に手を付ける。そして、十三は自分を撃つ事がないと、己の考えが正しかったと満足そうに力無く安堵の笑みを浮かべた。――瞬間。
船内がグラりと揺れた。
そして、冒頭へと戻る。反射的に乗物に対する恐怖を覚えた戦人は情けない叫びと共に無意識の内に今し方拳銃を自分に向けた男の胸に飛び込んでいた。己の命を奪う可能性をダイレクトに示した男よりも、船の不安定さに恐怖を覚えた自分は、一体どういう事なんだろう?
そして、十三も飛び付かれた瞬間こそは瞳を瞬かせてはいたが、振り払う事はなくしっかりと抱き止めていた。まるでそうする事が当然かのように。
「ちなみに、好きだってのは今さっき気付いちまったんですけどね?」
作品名:ソルジャー淡々と覚悟を問う 作家名:こt