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光の速さで、私達は。 蛇足。

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ふと眼を開けると三日月が見えた。

寝台で調べ物をしたまま、頬づえをついて寝てしまっていたらしい。

勿論頬づえなんぞ既に崩壊していて、頭はクッションに突っ伏していた。
変な格好で寝ていた所為か身体が軋んでところどころが引き攣れてようだ。それを解す様に大きく伸びをして、サディクは初めて自室に誰かいる事に気がついた。あり得ない失態だ。思わず舌打ちをして素早く枕元にある懐剣に手を伸ばしたが、逆光から浮かび上がるなだらかなラインは良く知る人物そのもの。

まとめあげた髪が緩やかに左右に揺れていた。サディクは思わず安堵する。

「お前さん、こんな時間に何そんなとこで突っ立ってんでぃ」

目線を天井に戻して、再び枕に頭を埋める。
余計な体力を使いたくなかったので、出迎える事はしない。
好きに入ってくればいい。

程なくコツコツと軽い足音がして、サディクは確信した。
このタイミングで来るとなると、これから言われる事からもう逃げられないと悟った。

間違いなく彼女の耳にも全てが入っているだろう。


先日サディクは大敗を喫した。
因縁の間柄ともいえる、ローデリヒに。



『今度こそエリザベータは返して頂く!』

銀色に光った切先をサディクの目前まで近づけ、何よりも最初にローデリヒはそう叫んだ。
思わず笑った。

何を言ってやがる、お前。こんな時に女の名前か?イカれてやがんな。

そう言ってやればよかったのに、声は喉の奥で詰まってしまった。
薄々感づいてはいた。いや、良く分かっていた筈。
自分の懐に入れたものがいなくなる、その喪失感は誰よりも知っている筈だ。
目の前で幾度他国を見送ったか。
否、サディクは頭を振る。エリザベータが消える訳ではない。
ローデリヒを見ればそれは一目瞭然だ。

『あのじゃじゃ馬の何処がいんだかなぁ』

噴出す血を抑え、自嘲するように吐き出したセリフに、今度はローデリヒが笑う。
ひとしきり笑った後、すらりと光る刀身を掲げサディクに向かって満面の笑みで吐き捨てた。

『そんなの、貴方が一番よくご存知じゃないですか』




ふわりとほのかな花のような香りが鼻を擽り、サディクは血なまぐさい描写から一瞬にして我に返る。

薄暗い部屋でぼんやりと立たずむ女性。風が吹けば倒れそうにみえた。
いや、実際の彼女はそんな弱いものではない。彼女は幼児期に自分を男だと思っていたようだが、実際男であれば相当手ごわかったろうなと想像に容易かった。

女性で良かったよ、ほんとにな。

そんな彼女は見違えるほど綺麗になった。
剣を振るい泥まみれになって戦っていた頃を考えれば想像が出来ない成長ぶりかもしれない。

が、サディクは剣を交えた当初から、彼女に対する評価はかなり高かった。
それは同じ国として、そして異性としてだ。
これでも先見の明はあると自負している。今手元にいるヤツラ全員、見込みがあったから生きているのだ。彼女も例外ではない。見込みがあったからこそ、今無事にここにいる。


「エリザ」
「ねぇ」

何も行動を示さないエリザベータに根気負けし、先に反応を確認しようとしたサディクは呼ぶ声を遮られて眉をひそめる。
いつもは分かりやすすぎるくらいの彼女の声色に含まれる感情が、今日は全く読みとれなかった。
怒ってるでも、笑ってるでもなく。なんというか、そう、覚悟を決めている様子だった。
正直今の状態では寝首を掻かれても負けてしまう可能性があるのは否めない。

「なんでぃ、辛気臭ぇ顔しやがって」
「私、今度はどこに行くの」

サディクはダルい身体に鞭を打ち、寝台から起きあがった。
一層強くなる花の香り。ふわふわと呼吸とともに揺れる栗色の髪がまぶしく見える。
彼女の問いかけに、サディクは一段と身体が重くなった気がした。
知ってるならば聞かないで欲しかった、というのが本音である。
サディクは話をなんとかはぐらかそうと試みた。

「…聞いてんだろぃ」
「あんたから、聞いてない」

私はあんたの口から直接聞いていない。

怒りにも近い腹の底からの声。思わず肩を竦める。どうやら失敗のようだ。
しかして、エリザベータが何に固執しているのかは理解に苦しむ。又聞きで聴いた事が許せないんだろうか。そんなもの大した理由にもならないじゃないかとサディクは思うが、彼女にとっては別問題なのだろう。

「私を抑えつけてるのは誰。あんたでしょ?それならあんたから言う義務があると思うんだけど」
「へぃへぃ」

こうなるとガンとして引かない事を分かっているので、サディクは寝台に腰かけたまま、下を向いて最低限聞こえる程度の声を出した。

「おめぇは今度ローデリヒの坊ちゃんとこに嫁ぐんだとよ」
「…ふぅん」

一拍置いた後、か細く力のない返事がサディクの部屋に響いた。
強要したくせにそんな反応かよ。
サディクは顔を上げて表情の見えないエリザベータに向かい一瞥くれてやった。

「…なんでぇその生返事は」
「知ってたからよ」
「じゃあ改めて聞くなよ」

ふぅと息をついて、サディクは天井を見つめる。
煌びやかな天蓋は夕闇の黒にまぎれて、今は微かに光るだけだ。それにしてもこの部屋も、自分も随分とくたびれてしまった。
今はそれが良く分かる。

会話をしてから、数分。サディクは少々緊張していたらしい事に気がついた。
手にはじんわりと汗をかいている。
指を握りしめて知ったその事実に呆れて笑い声すら出なかった。
サディクのため息がもうひとつだけ響き渡ると、それきり何もない。
微かな呼吸音だけが部屋を満たしていた。
動いているのは互いの鼓動と時間だけ。
それがはっきりと分かって、サディクは小さく身じろいだ。
今さら何を意識しているのか、原因が追求出来ない。

頭が混乱をし始めていた、そんな時だった。
不意に手の甲に暖かな感触を覚え、そちらに目をやった。
真綿のように柔らかな感触のそれはエリザベータの指先で、ゆっくりと移動するそれは酷く悲しそうに見えた。
ゆるゆると動く指先はやがてサディクの手の甲から親指へ移動し、やんわりと握りしめられる。
どうという事はない、そんな動作。

外は夜。
寒いくらいの空気の筈なのに、この部屋に漂う空気はなぜか微熱を帯びているよう。何が違うと問われても答えは出ないのだが、今確実にいつもとは違うと断言出来る気配が二人を包んでいた。

「なんだ?同情か?」
「そんな感情、あんたなんかに抱かないわ」

いじけるようにエリザベータはそう呟き、長い睫毛はそっと下りた。

「よくもまぁ化けたもんだな」
「私もそう思う」

サディクの呟いた意図をエリザベータは間違える事なく悟り、同意した。
勿論エリザベータに対する皮肉だというのは分かっていてだ。

幼少のみぎりよりサディクとエリザベータは戦う間柄だった。
一つの揶揄もなく、「戦う」の文字通り相手に切先を向け、幾多の血を流し、領地を奪い合う仲。

互いに芽生える感情と言えば、闘争心以外の何者でもない。
筈だった。


握られた手はそのままに、空いていた片方の手をサディクの額に乗せたと思うと、花の香りが再度鼻孔をかすめた。
それと同時にサディクの視界は一遍の光も入らなくなった。