White Night Nightingale
実際自分でも馬鹿なことを言っている自覚はあったので。
――初めてなんだから手加減しろよ、と言われたのは三回目だった気がする。
でも相性がいいんだから仕方ない、と至極真面目な顔で言ったら、失礼なことにエドワードときたら踵をロイの顔に向けてきた。
だが、ロイだってまさかそう易々とやられはしない。まして一度ではとても足りず、エドワードの声がかすれるくらいまで二回目を楽しんだ後だ。エドワードの負けん気がいくら強かろうと、蹴りに力がこもっているわけがなかった。
「…ぎゃあっ」
あっさりと踵を捕まえて足の指からくるぶしにかけてを唇でたどれば、色気のない悲鳴を上げてエドワードがシーツに突っ伏した。弱いのか、と嬉々として尋ねたら、答えはなかったものの、耳が真っ赤に染まった。可愛いな、と嘯いてキスをしたら闇雲に手を動かし払いのけようとするのがまた可愛いのだから困ってしまう。
「…冗談だ。もうしないよ」
今日は、と言って毛布ごと抱きしめたら、ぴたりとエドワードの動きが止まった。
「…エドワード?」
名前で呼びかけてみたら、また耳の赤みが増す。かぷりと食んだらひぃ、と悲鳴が上がった。そのまま脅すように舌先を尖らせて耳朶をたどり、やわく歯を立てればうなじに鳥肌が立ったのがわかった。弱いというか、…弱いのだろう。普通の意味で。
「…エド?」
「……」
少年からは答えはなかったが、前に回した腕に、そっと手を重ねられた。それはきっと何かを強請っているのだろうとロイは思ったが、何を強請られているのかがすぐにはわからなくて、ただそっと、顎で抑えるように小柄をきゅっと抱きしめた。今はまだ体が熱くて、毛布の外に肌を出しているのが気持ちいいが、もう少ししたら一緒に布団にもぐりこまないと寒いに違いない。だがそれは、なんとも幸福な温度であろう。
「…君は林檎なんかよりずっと甘かった」
思い出して耳元に囁いたら、ぴくり、と跳ねた後ほうっと息を吐いたのに、なぜだか釣られて安堵してしまった。
「…大佐、笑わないか?」
「…何を?」
「……」
「教えてくれ、笑わないから」
「本当に?」
ロイはエドワードの顔を覗き込むようにして、頬にちゅっとキスした。
「本当だとも」
「…。…目、閉じるとさ」
「…?」
エドワードの手が、きゅう、とロイの手を握り締めた。
「外の音、聞こえて。雪、すごいなって思って」
「…ああ…、?」
「…やまなけりゃいいのに、って。オレ、今馬鹿なこと思った」
「――――」
ロイは咄嗟に言葉を失った。
「…馬鹿だろ? なんか、笑っちまうよな」
照れ隠しの中に見える本音を拾うことが出来てよかったとロイは思った。エドワードは雪にやんでほしくないのだ。雪を理由に、彼はロイの腕の中に落ちてきたから。
「……笑うものかね」
「…そう?」
抱きしめる力を強くすれば、ふふ、と微かに笑うような気配があった。それを感じながら、ロイは目を閉じる。確かに外は吹雪のようだ。窓の音がすごい。
寒くなる前に布団に入った方がいいだろう、そう判断して、毛布の中に二人でもぐりこむ。
「…大佐」
「…うん?」
「…オレの秘密、教えておく」
「…秘密…?」
腕の中見つめれば、金色の瞳はこちらを真っ直ぐに見つめていた。そこには甘さなど微塵もなかった。先ほどまで同じ熱を分け合っていたのにと思うとなにやら寂しいものもあったが、こんな風だからこそ彼に恋したのだとも思った。
「――オレの、銀時計」
「…?」
「蓋の後ろに、オレの覚悟が書いてあるんだ」
ロイは軽く目を瞠ってまじまじとエドワードを見つめた。覚悟とはなんだろうと思いながら。
「…教えたから」
「…エド、」
呼ぼうとした唇は、小さな指先に封じられた。
「…嬉しかったけど、…嬉しいから、とっとくよ、それ」
「…?」
エドワードは体を動かして、ロイに覆い被さるような体勢になった。だがいかんせん体格が違うので、しがみついているような格好に見えなくもないのが残念だったが。
「…元に戻ったら、名前で呼んで」
自分からキスをして、エドワードはきれいな顔で笑った。
いつ眠りについたのかははっきりしなかったが、翌朝ロイは、雪でイーストシティ中の交通が麻痺している、という司令部からの電話でたたき起こされた。相手も困っていたのだろうが、機嫌が急降下してしまったのは致し方ないだろう。
だが疲れていたのだろう、うるさい音にもエドワードは目を覚ます気配がなかった。手短に済ませた電話を切ると、電話線を切るという暴挙にロイが出たのも、隣でエドワードが気持ち良さそうに寝ていたから、それに尽きる。
「…雪もいいものだ」
嘯いて、手元にエドワードを抱き寄せながらロイは目を閉じた。
――ずっと想っていた。査定の話が、なんて呼び出したのも、少しでも話がしたかったからだ。
相手が落ちてきてくれるとは思わなかったが、少しだけ予感もあった。エドワードもまた、目で、態度で、ロイに問いかけているようなところがあるように感じていたから。
――たった一晩の理由でいいの
エドワードの昨日の台詞が耳に蘇ってきて、思わず抱きしめる腕を新たにしていた。いいわけがない。
「…人間は時に、楽園を捨ててでもその果実をほしがるものだよ」
ロマンチストは柄ではないと思ったが、思わず囁いていた。
もう少し眠ろう、そう思った。
今度はナイチンゲールに邪魔されないはずだから。
作品名:White Night Nightingale 作家名:スサ