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ランダムライン【1】

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 朝比奈さんは両手で湯飲みを持ち、熱いお茶をちびちびと飲みながら、トナカイのように赤くなった鼻をグスリと啜った。よほど不安だったんだろうな。ということは……
「朝比奈さん、いっぱいいっぱいのところ恐縮ですが」
「ひゃ、ひゃい! なんでひょ……」
「もしかしてあなたは、未来からきた朝比奈さんじゃないですか?」
 前置きも時候の挨拶もなく、単刀直入に俺が尋ねたのはその一点だった。
 ハルヒがあのけったいな豆まき大会そしてバレンタインデー特設イベントを試みたのは記憶に新しく、そして未来の朝比奈さんがロッカーに納まってタイムリープをしてきたのも大体その時のことである。ぶっちゃけ俺は慣れっこになっていた。ネズミだって何度も電気ショックを与えられれば迷路の正規ルートを憶えるだろう? それと同じだ。
 俺の言葉を受けた朝比奈さんは面食らった様子ながらも恐る恐る頷き、胸の前でモジモジと湯のみをいじくった。
「は、はい、あの……実はそうなんです。その」
 今は何年・何月・何日、何時・何分ですか、と尋ねてきたので、俺は西暦の年数と月日、そして腕時計を確認しながら分単位で時刻を告げた。
 俺の言葉を聞き届けた朝比奈さんは安心したように息をつき、胸を撫で下ろす。
「よかった……うん、確かに間違ってないわ」
 いかにも安心しきった表情に思わず俺も和んでしまうが、そんな場合でもない気がするな。あの時の朝比奈さんの長々しい時間遡行と、その一連の事件を思い出す。そんなに古くない思い出であり、そしてまたあまり素敵な思い出とも言えない。ダイレクトに朝比奈さんの手助けが出来るという点で考えれば、まあ悪くない時間ではあったが。
 朝比奈さんはお馴染みのメイド服を着用しており、背格好も……いや、少し目元が大人びているような気もするかな? とにかく、あのグラマラスでけしからん朝比奈さん(大)へとメタモルフォーゼするにはまだそれなりの時間を要しそうな気配が漂っている。遠い未来ということもないが、現在からごく近いというのでもなさそうだな。微妙な線だ。
「また未来からの指令ですか? 大変ですね、時間駐在員ってのも」
「……え? あ、うん……そ、そうなの」
 ん、と思う。
 少し歯切れが悪いな。どうしたんだろう。
「きょ、キョン君……あの」
 その言葉を遮るようにしてガラリと戸が開き――ああ、迂闊だったな。もっと気をつけるべきだった――二人揃って慌てて視線を向けると、そこには相も変わらずビスクドール染みた表情を浮かべる長門の姿があった。
 いや、冷静に考えればこの朝比奈さんがあの朝比奈さんではないと長門に分かるわけはない(いや本当は分かっているのかもしれないが)のだし、いつも通りに振る舞うのが正解だったはずなのだが、俺達も慌てていたんだろうな、またしても二人揃って最悪の失態を演じてしまった。
 挨拶をするでもなく、言葉を失って硬直してしまったのだ。朝比奈さんはもちろん、俺もな。何のために数々の修羅場をくぐり抜けてきたのか分かったもんじゃない手落ちだ。
 言葉もなくダラダラとだらしない冷や汗を垂らす俺達にいかなる感想を抱いたものか、長門は俺と朝比奈さんの顔を昆虫標本でも眺めるような目で交互に見やり、何事もなかったかのように本棚からSF小説を取り出すと、お馴染みの指定席に座って読み始めた。
「あ、あのな長門」
 ようやく気を取り直して声を掛けると、長門がゆっくりと顔を上げた。何の感情も浮かばない瞳……に一見すると見えてしまうが、実際はそうでもない。瞳の中にたゆたう光を注意深く観察してみれば、目のいい奴ならそこに優しい秘密を分かち合うような温かみを見出すことができるはずである。
「問題ない」
 と、長門は簡潔に告げる。
「その朝比奈みくるは、この時間軸に存在している朝比奈みくるの異時間同位体。恐らく、そう遠くない未来からの」
 この朝比奈さんの主張を裏付けてくれる、頼もしい言葉である。別時間軸の自分と同期とやらをしなくても、そういうものって分かるもんなのか。
 長門は頭上を仰ぎ見るような仕草をして、その視線をゆっくりと俺に戻すと、
「情報統合思念体の認可の下、当該事項に関するレコードにアクセスする権限が与えられた。観測者である私の立場を鑑みてその行動や思想に対して積極的に干渉することはできないが、状況の如何を認定することは可能。それは、朝比奈みくる」
 なるほど、サッパリ分からん。
 しかし長門はそれで俺への返答が完了したと認識したのか、スイーと首を戻して分厚いハードカバーに視線を戻した。やれやれ。
 どうしましょうかね朝比奈さん、と傍らに目を向けたところで、俺は思わずギョッとした。
 朝比奈さんは先程よりも一層瞳を潤ませ、頬を赤くして口許を両手で覆い、まるでたった今おそろしく感動するミュージカルを見てきたばかりだとでもいうような劇的な表情を浮かべながら、長門を凝視していたのである。
「あ、あの……長門さん!」
 ちょいちょいと肩をつっつく俺の指にも気付いていない様子だ。朝比奈さんは感極まった風に呼びかけると、つついっと頬に一筋涙を伝わせた。おいおい、何だろうねこの事態は。
 長門も長門で俺とそう変わらない心持ちだったらしく、スイ……と顔を上げると心持ち首を傾げているような気配を漂わせつつ、朝比奈さんを見つめ返した。その目に浮かんでいるのは、そうだな、例えるなら疑問といったところか。内面のアテレコをするとしたら『え、一体なに?』といった感じで問題ないだろう。
「す、すみません、ちょっと驚いちゃって」
 驚く?
 朝比奈さんは純白のエプロンで上品に涙を拭うと、姿勢を正してぺこりとお辞儀をした。
「驚かせてごめんなさい、長門さん。……じゃあキョン君、そろそろ」
「え? あ、ああ……」
 太陽光で稼動する人形のように目だけを動かしてこちらを窺う長門に挨拶をしてから、俺は朝比奈さんに引かれるまま部室を後にする。
 長い一日になりそうだな、と思った。
 一日で済めば安いものだが。
作品名:ランダムライン【1】 作家名:シノサメ